流星は何処 | ナノ
 翌朝、キユミは意外な言葉でリッカに起こされることとなった。


「……ニードが来てる?」

「そうなの。何の用なのかは知らないけど、キユミに用事があるって。支度が終わってからでいいから行ってあげてくれる?」


 昨日の客の世話が残っているらしく、必要なことだけを伝えて慌てて階下へと降りて行った。いってきまーす、という慌ただしいながらも元気のいい声と共に勢いよくドアが閉まり、少し遅れて宿へ向かって駆けていくリッカの姿が窓から見える。

 その付近にちらりと例の金髪リーゼントもどきが見えて、キユミは欠伸をしながらベッドから降りた。そのまま階段ではなく窓へと向かい、よっこらしょ、という年寄り臭い掛け声と共に窓に足をかける。ニードが下からその様子を怪訝そうに見上げていたが、全く気にする様子はなくキユミは窓枠に両足を乗せた。


「お、おいキユミ? お前、何しようとして……」

「とうっ!」


 ニードの言葉が最後まで発せられるよりも先に、キユミは威勢のいい掛け声と共に窓からそのまま飛び降りる。ひゃあああ、という情けない悲鳴を上げたのはニードだ。そのまま地面でおろおろするニードを尻目に、キユミは華麗とは言えないまでもそれなりに上手く着地した。

 じん、と足元から膝辺りにかけて痺れたような痛みを感じたものの、骨が折れた様子はない。

 「天使である自分は人間よりも少しは体が丈夫なはず」という全く確証の無い推測の元飛び降りを決行したキユミは、ニードに気付かれないようにほっと息を吐いた。一方で目の前で一部始終を目撃したニードは、呆然とキユミを見つめている。


「す、すげーな……。旅芸人って、そんなこともできるのか……」

「あ、うん。まあね。それで、用って何?」


 キユミの一言で、ニードは本来自分がここに来た目的を思い出したらしい。そうだそうだ、と呟きながらポケットの中から地図を取り出してキユミの前に差し出した。

 ほとんど道と村、それと大きな街の位置しか記されていない簡易な地図だったが、一応このあたりの地形に叶っているそれの中央辺りには、大きなバツ印が書かれている。


「ここのバツの所な。セントシュタインってでけぇ街とこの村を繋いでる峠の道なんだけど、この前の地震で土砂崩れが起きて塞がってるらしいんだ。それで、リッカ……じゃねぇ、村のみんなが困ってんだよ」

「…………ああ、なるほど」


 初めの説明を聞いただけで、キユミは大体すべてを理解した。要はリッカが困ってるから自分が何とかしてリッカにいいところを見せたいということか。

 キユミは呆れと哀れみの意味を込めた視線をニードに向け、ニードもまたキユミの視線の意味に気付いたらしい。真っ赤になって否定の言葉を並べ立てはじめた。


「ち、違うぞ! 別にリッカが困ってるからとかじゃなくて村のみんなが困ってるからだからな! それに土砂崩れを何とかすれば、親父のことだって見返せるし!!」

「あー、そうだね。親父さんに仕事しろって怒られてたもんね」


 数日前に村長宅から聞こえて来た怒鳴り声を思い出しながらキユミは相槌を打つ。話をごまかせたと思ってガッツポーズをしているニードの姿は見えないことにしておいた。


「そういうことだ。で、最近魔物が村の外をうろうろしてて危ねぇから、お前について来て欲しいんだよ。旅芸人ってのは中々ウデが立つんだろ? さっきも二階から飛び降りてたし」

「まあ、否定はしないけど……」


 何やら即答をするのは憚られて、キユミは言葉を濁した。曲がりなりにも守護天使である自分が任地を離れることができるのか、という疑問が浮かんだからである。

 しかし、確かにほんの少しの間とはいえ守護天使として村を守っていた経験上、並以上には戦えるという自負はある。それにニードを一人で村の外に出すということも不安でしかない。最大の不安要素はリッカが心配することだが、今は宿屋に客が来ているため彼女の関心がキユミに向くことは無いだろう。

 キユミが即答するのをためらったところで、村の外に出ることができる環境は十分すぎるほどに整っていた。


「……うー、分かったよ。要は峠の道までニードを護衛すればいいんでしょ?」

「そーいうこと! いやー、お前が話が分かる旅芸人で良かったわー」

「ただし、出ていくならすぐ。ちゃちゃっと行ってちゃちゃっと帰ってくるよ。リッカが心配するだろうし」

「よっしゃ! 準備ができたら村の出口集合な!」


 まるで子供のようなはしゃぎ様で、ニードは自分の家へと駆けて行った。その後ろ姿を見てキユミは思う。

 ――――魔物の危険性とか、ちゃんと分かってるといいんだけど。


「まあ、何とかなる……よね……?」


 彼女にしては珍しく、若干自信なさ気な呟きが零れた。



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