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「もう、大丈夫だ」
心配をしてくれた皆にそう告げ、俯きがちであった桔梗はしっかりと前を見た
自分には彼女たちがいる
共に、悲しんでくれる人が
その目に迷いや不安の感情は既になく、進むことを決意したことが窺えた
「……石田三成。私が知っている名はこちらだ」
名を知っているが、理由は分からない。いや、もしかしたら少しずつ戻ってきた記憶の中の人物がそうなのかもしれない
「石田三成か……。豊臣側の人物だったな」
「少なくとも徳川側じゃなかったことにひとまず安心だなぁ」
その名を聞いて、緊張が緩んだ桜と橘であったが、その二人を見ながら春が恐る恐ると手を挙げた
「石田三成さん、ですか…。ど。どちらさまでしょうか??」
「…はぁ、そんなことも知らないのか」
「うぅ…。無知でごめんなさい」
「いやいや、謝ることじゃあねぇさ。といっても、人に説明できるほど俺も詳しくは知らないんだよなぁ。そうだ、致佳人君はどうだい?」
「お、俺です!?」
またもや話を突然振られた致佳人が見てわかるくらいに慌てだす
そんな様子の彼を笑顔で見ながら、桜が言葉をかける
「知ってる範囲で教えてくれると助かるなぁ。どのくらいこの時代に関しての知識があるのかっていう確認も込めて、な」
これからこの裏七軒で過ごすなら、こちらの事情に巻き込まれることもあるだろう
「…わかりました。違ったら申し訳ないんですけど」
「あぁ、そこは平気さ。橘が訂正、補足してくれっから」
「……」
「が、頑張ります」
致佳人は橘の鋭い視線に冷や汗をかきながらも、石田三成に関する情報を頭の中で引き出す
「確か石田三成は豊臣秀吉の子飼いの将で、秀吉の側近中の側近で、のちに五奉行っていう重要な役職に就いた人で……」
言葉を切った致佳人は橘の顔を窺い見る。この先は桔梗にとって悲しい事実だ。話しても本当に良いのか、出会ったばかりの致佳人には判断できない
橘は腕を組み、表情を変えずに先を促す言葉を放つ
「続けろ」
「…は、はい。1600年の関ヶ原の戦いで西軍の指揮を執り、東軍に敗北したのちに…六条河原にて……斬首、された」
「そんな…! 斬首……。ごめんなさい、私 こんなことも知らなくて」
桔梗の大切な人は、最期は斬首された
こんなことを彼女に聞かせてしまうことになるなんて、なんてことだろう
これは自分が無知であったが故に起きたことではないのか
少なくても、自分が知ってれば、こんな形で桔梗が知ることはなかったのではないだろうか
「そういう人物なのだな、石田三成とは。致佳人、であったか? 教えてくれてありがとう、感謝する」
「…桔梗」
桔梗の目は悲しみも、諦めもあるようだった
「そのように心配ばかりするな春。いずれは知ることだ。それが今だっただけ…。まだ、その者を思い出していないだけましだ」
それは400年も前に起きたことで、今となっては誰も悲しむ人などいないことで…
そうはわかってはいても、そう理解していても
どうしてこんなにも悲しいのだろう
どうしてだろうか
「…うん、じゃあ一旦この話はここで終わろうか」
「桜…」
一気に暗くなってしまった空気を変える様に、桜が桔梗に声をかける
「桔梗はもう休みな」
桜は色々あって今日はもう休ませた方がいいだろうと判断したのだ
これは彼女のことを気遣ったうえでの判断である
それを理解した桔梗はその優しさに甘えることにした
「…すまない、そうさせていただく。先に失礼する」
「はい、おやすみなさい桔梗」
小さく挨拶をして居間を去っていく桔梗の姿を五人が見送る
心配だが、今は一人にして心を整理させたほうがいいだろうことは皆理解していた
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