―――そのようなところで何をしておられるのです。もしや、迷い込んだのですか?


黒い髪の男

彼と知り合ったのは暖かい陽気に包まれ、全ての生き物が目覚める季節

とても穏やかな人柄で、あいつとも知り合いだった

そしてあいつの思いを受け継いで戦ってくれた人

あいつが守りたかったものは滅んでしまったけれど、感謝してる

彼は最後の時まで心配をしていてくれた

知っていたよ

もう、あいつがこの世にいないことは

けれど、それを認めてしまったら

君の手をとってしまったら

私は…








親切な青年が去った後、桔梗の目覚めを待つため、隣に腰かけた春

そしていまだに眠る彼女の顔を見つめた

綺麗な人、春はそう思った

彼女の神秘的な古代紫の瞳は今は白い瞼に覆われて見えない

呼吸は規則正しく、本当にただ眠っているだけのようだった

いきなり意識を失った時は本当に驚いた


「そういえばさっきの人、桔梗の知り合いだったのかな? 桔梗を見つめる目はとっても、優しい眼をしてたし…」


愛しい人を見つめる優しい目


「あの人が桔梗のことを知っている人だったら良かったんだけど…。否定されちゃったし」


それにしても、誰かの記憶を取り戻すのはこんなにも難しいことだったのか


「だけど、取り戻してあげたい。桔梗には待っている人がきっといるはずだもの。うーん、次はどこに行けばいいかな?」


豊臣関連の場所の近くで記憶の手掛かりがあったならば、他の場所にもヒントはあるかもしれない


「…ん、春? ここ、は…??」


京都にある他の豊臣関連の場所を考えていたところ、ようやく桔梗が目覚めた

桔梗はまだ焦点の合わない目を擦りながら起き上がる

その拍子にさらり、と肩から黒髪が流れた


「おはようございます桔梗。ご気分はどうですか? どこか、悪いところはありませんか?」


突然意識を失ったのだ、どこか具合が悪くなっているのかもしれない

そう心配した春の問い掛けに、桔梗はゆっくりと首を横に振った


「私は、倒れたのか? だとしたらすまない。運ぶのが大変だったろう?」


倒れた時の事はまったく覚えてはいないが、あの屋敷で意識を失ったであろうことは想像できた

そしてここはあの場所ではなかったので、誰かが運んでくれたのだろう

ということはここにいる春が運んでくれたということが真っ先に思い浮かんた


「いいえ、桔梗をここまで運んだのは私ではないですよ。親切な男性が、運んでくださったのです」


だが、返ってきた言葉は予想に反していた


「…そうか、申し訳ないことをした。それで、その者は?」

「いえ、それが…。すぐに去って行かれてしまって。すみません、お名前も聞いていません」

「いや、春が謝ることではない。どのような男だった?」

「黒髪の…綺麗な方でした」


そう聞いて、思い浮かぶのは夢で視たあの青年

だが、あの時は随分昔のことだった気がする


「そうか、是非礼を言いたかった」

「…また会えますよ」


春が唐突にそう言った


「? 何故、そう思う?」

「!? すみ、すみません! 別に根拠はなくて…。ただなんとなく、そう思えたんです」


春は、あの男性との縁はこれだけではないと思うのだ

根拠はないけれど


「そうだな、私もまた会える気がする」


夢で視た空間

あの出来事は私の過去だったのだろう

そう断言できる懐かしさがあった

秀次と神言と会った日から、少しずつだが記憶が戻ってきている

だが、それを春達に話していいのかわからなかった

彼女らには感謝してるし、信頼もしてる

けれどわからない


「もう歩けますか? はな達が家で待っています。帰りましょう」

「大丈夫だ、…帰ろう」

「はい」


自分があそこに戻ることを帰るという言葉にするのは違和感があった

いや、今はそんなことを考える時ではないだろう

桔梗は春を追いかけようと立ち上がった時、懐かしい何かが感じられた

この気配は偃月

彼の力


「…まさか、信繁?」


そう、彼の名は信繁だった

信念をまげない人


「桔梗ー? どうしたのですか? もしかしてどこか具合が??」


後ろからついて来ない桔梗に不思議に思った春が少し離れた場所から声をかけてきた

心配をかけてしまうのは申し訳ないと思ったので、少し大きめの声で彼女に言葉を返す


「なんでもない」

「? そうですか、ならば行きましょう。早くしないと日が落ちてしまいます」


空を見てみると、日は既に傾き始めていた

夜は色々と危険なことが多い


「あぁ」


昔も今も





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