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「…寒い」


秋の涼しさもすっかりと身を切る冷たさに変わった頃、春は錦市場にいた

家にある食材がきれかかっていたので買い出しにやってきたのだった

京の寒さに春の吐く息は白く、頬も赤く染まっていた


「あと買うものは、お米と醤油なんだけど、流石に重いよね。どうしようかなぁ」


すでに彼女の手にはいくつも袋がぶら下がっており、これ以上はいくらなんでも持てそうにはなかった

春はその場に少し留まり、考えた後で一度家に帰ってからまた出直すことに決めた

彼女はそうと決めると持っていた袋をよいしょ、と持ち直し帰路につく





「あれ? 北野天満宮に誰かいるのかな?・」


もうすぐで家に着くという直前で春は北野天満宮に強い力を感じた

温かい様な、冷たい様な力

春は裏七軒に属するようになってから様々な人達と出逢った

その誰もが強い力と強い個性を持ち合わせていた

その内の誰かだろうか

しかし集中して力を感じてみるとそれは全く知らないものだった


「裏七軒、豊臣の敵かもしれない。けどもしかしたら徳川の新たな情報を持っているかもしれない」


本当は家に戻ったほうがいいのかもしれない

けれどもその間にいなくなってしまっていたら…

なにもできず、ただただ皆の帰りを待っているだけの無力な自分はもう嫌だった

それに家に帰って後悔するよりも行動して後悔したほうがいい

そう思い、覚悟を決めた春は北野天満宮に向かい走り出した




春は力の源を追ってとある場所までやって来た

ここは御祭神菅原道真公をお祀りする本殿であり、桃山建築の代表とされている社殿だった

その社殿の前に佇む女性が一人

社殿を見上げている為、顔は見えない

艶のある真っ黒な長い髪

身に着けているのは見慣れない上等そうな着物

ここに居るのは春ともう一人、この強い力の持ち主であろう女性だけだった

春は持っていた袋を全て、その場におろした

何か仕掛けられる可能性も考慮し、警戒しつつ女性に近づく

女性は先ほどと同じように社殿を見上げている


「あの、すみません」


女性の近くまでやって来た春は動かない彼女に恐る恐る声を掛けた

しかし女性に動きは見えなかった

聞こえなかったのかと思い、もう一度今度は先ほどよりも少し声を大きめにして問掛ける


「すみません」


すると今度は女性に動きがあった

声を掛けた直後に軽く首を傾げ、彼女が振り返ったのだ

サラリ、と髪が流れる

振り返った女性は若く、そして美しかった

影を落とすほど長い睫毛に白い頬

紅を差したかの様に瑞々しい唇

春は本来の目的も忘れ、女性に見入ってしまった

そんな彼女を正気に戻したのはその女性だった


「どうかしたのか?」


春は声を掛けられ我に帰ると、呼びかけたまま固まっていた春を怪訝な表情で女性が見ていた

彼女の反応も最もである。急に知らない人に凝視されて気分が良い筈がない


「あっ、すみません」

「? 構わない」


慌てて凝視していたことを謝ると、女性はたいして気に障った様子もなく微笑んだ

そしてそのままじっと春を見つめる

今度はこちらが困惑する番だった


「あの、何か私の顔に付いてますか??」

「いや、そういうわけではなく君は私と何処かで会ったことはないか?」

「えっ? 会ったこと、ですか??」

「そうだ」


春は目の前の女性を再び見つめる

しかしどんなに見ても見覚えはなかった

まず、こんな美人なら一度会えば忘れる筈はない

だが春には記憶には無かった

ということは会ったことはない、筈だ


「すみません、たぶん人違いかと」


そう春が女性に伝えると、彼女は少し悲しそうにそうか、と言った




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