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「おっ、あの二人、別々の方に向かっていったぞ?」
二人の様子を変わらずに見ていたエルティとフェレスは、二人の別行動を見送る
「と思ったら、メフィスが戻って来たな。なんだったんだ?」
ヒサメも程なくして戻って来て、そのまま二人で店の外に出ていく
後についていくと、二人はカフェに入ったので、エルティたちも後に続く
すると、カフェの入り口で、同じく非番であった騎士に出くわす
あちらは可愛らしい女性と一緒にカフェから出てきた
エルティとフェレスに気が付いた彼は、にこやかに挨拶をし、カフェメニューのおすすめを教えてくれた後、またと言って人ごみの中に消えた
知り合いの騎士と別れたエルティとフェレスは、カフェに入る
カフェ店内は広く、二人が遠目に見えるくらいの距離の席に座らせてもらった
メフィスとヒサメは相変わらず、メフィスが明るい雰囲気でヒサメに話しかけ、穏やかな感じで話がはずんでいるようだった
「二人とも、すごく楽しそうね」
「…あの二人の組み合わせでこんな和やかに出かけることってありえるのか!?」
だってあの二人だぞ!、と頭を抱えるフェレスをよそに、エルティは二人分の飲み物と先ほどおすすめされたものを注文してしまう
「あの二人だって普通のデートくらいするわよ、きっと。二人とも仲がいいみたいだし、メフィスを心配しなくても平気よ」
運ばれてきた紅茶を一口飲んで、メフィスにも勧める
香り良く、飲みやすくて美味しい
自国にはない品種のようだ
「国交ができれば、こういったものも交易品としてやり取りできるのね」
現在、クラリネス王国とナスタチウム王国の間には国交がない
遥か昔には、国交があったようだが、いつしか途絶えてしまったらしい
国を行き来するのも、海上王国であるナスタチウム王国に向かうには航路しかないので、時間がかかってしまう
加えて、両国の間の海には海賊が出没することもあり、安全とは言い難い
文化の違いは多々あるため、国交が結べれば、お互いに良い刺激になる思うのだが…
「でも、現状では難しいわね」
両国では国交を復活させようといった動きはない
広大な海が足枷となっているのだった
「お待たせいたしました。季節のタルトでございます」
思案していると、エルティが注文したタルトがやって来た
出来立てを出すのがこのカフェのモットーらしく、少し時間がかかったが、丁寧に給仕をしてくれた
出されたタルトは季節の果物をふんだんに使ったタルト
見た目も可愛らしい。果物は瑞々しく、そして甘い
甘さ控えめのタルト生地はサクサクしていて、口の中での触感が良い
メフィスも美味しいと感想を漏らしながらフォークをすすめる
美味しさに頬を緩ませながら、紅茶と一緒にタルトを食べ、休息をとる二人
「あー、やっと見つけたエルティ姫」
「!?」
「おっ?」
突然の声掛けに、思わずフォークを取り落としそうになる
この呼び方をする人は一人しか思い浮かばず、タルトから視線を上げると、そこにはやはり見知った男が立っていた
黒髪に猫目、旅装と思われる軽装に身を包んだ青年
「…オビ!?」
「誰だ、こいつ?」
何故ここに、と驚くエルティとは別に、突然現れた男に警戒心を隠さないフェレス
護衛もかねてエルティに付いているため、見知らぬ男に警戒するのは当然の反応である
エルティは、この男とは二度ほど話しており、知り合いであることを説明する
二人が話している間に、オビは他の席から椅子を一脚もらって来て、二人の間に座っていた
「へー。港町の酒場で会って、その後偶然王城で再会なぁ」
「まさかこんな縁ができるとは思ってもみなかったから、話してなかったの。それにしてもオビ、今日はどうしてここに? あなた、白雪さんと一緒だったし、王城に仕えてるのかと思ってたけど…」
「そうそう今は休暇中で、目的地に行く前の寄り道でセレグに来たんだよ。ほら、エルティ姫、騎士姿だったから、衛兵に聞いてセレグから派遣されてる騎士だって教えてもらったから、ついでにここに寄ったわけだ。いやぁ、見つかってよかった! 道で会った騎士の人に教えてもらわなかったら諦めてたとこだったよ」
あっけらかんと言い放つオビに警戒したまま、フェレスが言葉を交わす
「道で会った騎士? あぁ、もしかして入り口で会ったやつのことか? でも、アイツが騎士だってよくわかったな、制服着てなかったろ」
「あの人も王城に来てたっしょ。記憶力には自信があるんだよね」
「へぇ…」
「…もしかして、何か疑われてる? 俺?」
「なのかしら?」
「当たり前だろ」
「えぇ〜。どこにも疑う要素ないっしょ」
ヘラヘラと笑うオビをジト目で見る二人
「「…」」
初対面のフェレスはともかく、エルティも改めて考えるとオビには怪しいところしかないことに気が付く
というか、得体が知れない
「え〜」
疑いの目を一身に受けているのにも関わらず、ヘラヘラとする姿
「確かに怪しさしかないわね」
「ひどっ」
口ではそういっているが、全然堪えてない
そういうところが原因な気がするのだが
「あっ、そういえば港町で飲み物を奢ってもらったお礼をまだしてなかったわ。ありがとうオビ。御馳走様でした」
初めて会った時に酒場で奢ってもらったことをしっかりとお礼を言う
礼を受け取ったオビは、うーんと首を軽くひねった
「エルティ姫って丁寧というか、律儀というか。どことなく主に似てる感じするんだよなぁ」
「? 主?」
「そ、今の雇い主」
オビの言い方に引っかかるものはあったが、追及しないでおく
人に言いたくないこともあるのだろうし
「まぁ、怪しいかはこの際置いておいて。それだけの用で大した当てもなくエルティを捜してたわけか?」
「見つかったらいいな、的な感じで?」
「行き当たりばったりか」
フェレスはオビに対して警戒心を持って話しているのだろうが、そのやり取りはどことなく馬が合っているような気がする
「で、エルティ姫は騎士になったわけだ。それで、あんたはエルティの恋人?」
「はぁ!!? ちっげぇし! てか、姫ってなんだよ!」
「なんか姫っぽいから? てか、エルティ姫とおんなじ反応。まぁ、恋人じゃなくて同僚兼幼馴染って感じかね?」
「ええ、そうよ。よくわかったわね」
幼い頃から一緒にいるし、幼馴染という点に間違いはなく、同じセレグの騎士なので同僚ということも間違っていない
しかし、エルティとは数回、フェレスとは初対面なのによくわかるものだ
オビは人の機微にさといのかもしれない
「雰囲気から何となく?」
「天才か」
雰囲気からわかるものなのかと思うが、オビはそういう環境に身を置いていたのかもしれない
フェレスもオビの特技ともいえるものに驚いたようだった
ここで、フェレスをオビに紹介する
エルティの幼馴染で、今は一緒にセレグの騎士になったところ
今日はお互いに非番で、街に出てきたことを説明する
まさか、フェレスの妹をつけているとは説明できない
「いやぁ、城で会った時はびっくりしたねぇ」
「それは、本当に。あの時はどうしてあんなところにいたの? 私、賊の類かと思ったのよ」
ラジ王子訪問の際、行われた茶会の様子を伺っていた気配に、エルティは賊かと思ったものだ
「あぁ、あれね。隣にいたお嬢さんと逢引きを」
「白雪さんね。でも、逢引きをあんなところでやるのはおすすめしないわ」
「あ、そこ普通に受け止める?」
「嘘なのはわかってるわよ」
「うわ、俺の事を弄んだね」
「こいつ、めんどくさいな」
二人の話を静かに聞いていたフェレスが思わず口をはさんだ
「フェレスは初対面なのにきついねぇ。まぁ、実を言うと、一緒にいたお嬢さんが茶会のことを気にしてたみたいだったから、連れて行ってあげてただけだよ」
しかし、オビは頼まれてもいないのに白雪を連れて行ったことは明かさない
「白雪さんが? うーん、そういうことに興味を持ちそうにはなかったけれども…」
「茶会に知り合いがいたから気になったみたいよ」
少なくともあのときに会った限りでは白雪は貴族に夢見がちな少女には見えなかったが、知り合いの事が気になったのなら、まぁありえないことでもない
「そう、貴族に知り合いがいるのね。そうだ、白雪さんともお話ししたいわ。また王城に行く機会があったら会いに行かせていただくと言伝をお願いできる?」
「はいはい、お任せを。まっ、俺もそんなに会うことはないんだけどね。さて、と。俺はそろそろお暇するかな」
じゃ、と身軽く椅子から立ち上がったオビ
そのあっさりとした行動に、少しだけ呆気にとられる
「あら、もう行くの? 慌ただしいのね」
「…何しに来たんだ、まじで」
「休暇内で帰んないと主が拗ねちゃうんでね。あと、この後にも行きたいとこあるんだよね。今回はここにエルティ姫がいるってことが分かっただけでも儲けもんってことだ」
どうやら、セレグには本当にエルティを捜しに立ち寄っただけらしい
もしエルティを見つけられなくても、正午前には発つ気だったようだ
「もう少しお話ししたかったけれども、それなら仕方ないわね。またの機会に。貴方の旅が無事に終わりますように」
「引き留めてくれたらもう少しいるけど、俺」
「いいからさっさと行け」
オビの冗談にすかさずフェレスがツッコミを入れる
それを受けたオビは、木々嬢みたいなツッコミ速度、と関心していた
「はいはいっと。王城の薬室に行けばお嬢さんには会えるよ。俺は…まぁ、叫んでくれれば行くんで」
「そんなことできるわけないじゃない…。それじゃあ、またねオビ」
王城でそんなことをしたら、よくて衛兵に咎められ、わるくて牢屋行きである
その言葉を最後に、オビは来た時と同じくらいあっさりと立ち去って行った
最初に会った時から態度がまったく変わっていないオビ
付き合いやすいというか、疲れないというか
オビが去った後、メフィスとヒサメのデートをつけることを再開
カフェの後は露店を眺め、本屋や武具屋、服屋や雑貨屋を巡り、酒場で夕飯をとる
メフィス達は、お手本のようなデートを行い、何事もなくセレグ基地に戻って来た
「本当に何事もなくデートしやがった、あの二人…」
セレグ基地内にある、ベンチでうなだれるフェレス
どうやら、二人が楽しくデートしていたのがよほどショックだったらしい
エルティはショックを受けているフェレスを慰めるように声をかける
「ほら、だから言ったでしょう、心配いらないって」
「だから、俺は心配してたわけじゃ…」
「ふふっ、そうね」
王城で中途半端に再会したオビにも会えたし、メフィスのデートもうまくいったみたいだし、セレグは平和だった
メフィスのデートをつけるのも少し楽しかったのは内緒だ
とにもかくにも、良い一日になった
明日はメフィスとセレグの街に出かける予定だ
そのことも、年甲斐もなく楽しみであった
「明日はフェレスも素敵な一日を過ごしてね。本当は、二人とも休暇くらい自由な時間を過ごしてほしいのだけれども」
「俺たちの内、どっちもエルティに付いていなかったらそれこそ気が休まらないんだよ…。何かあったらと思うと気が気じゃないってやつだ。エルティには不便かけるかもだけどな」
お互いを信頼しているからこそ、片方がエルティのそばにいれば、心配をしない
けれども、それによっていつもそばにはフェレスかメフィスがいることになるため、窮屈になってしまうのではないかと気にしてくれているらしい
「不便なんて全然ないわ。むしろ、いつもすごく助けられているの。ありがとう、いつも」
二人がいるからこそ異国の地で負けずに頑張っていられる
もし、二人が付いてきてくれていなかったら、もしかしたらエルティは目的を見失っていたかもしれない
国に逃げ帰っていたかもしれない
自国にいた時は知らなかった自分を、この国に来て、たくさんの人と触れ合ったことで知る事ができた
自分はこの双子の従者に支えられているのだと
ベンチで束の間の休息をとっていた二人
この優しい空間にそぐわぬ、走る音が響いた
「エルティ! ここにいたのか…!」
「どうかされたのですか、先輩」
駆け足でやって来たのはセレグ基地での先輩騎士である
穏やかで人当たりの良い先輩だ
いつもは穏やかな先輩が、鍛錬の時以外で息を切らしているのは珍しい
「イザナ殿下の護衛にお前だけ名指しされたんだ。その件に関して団長が呼んでるから、団長室に今すぐに向かってくれ」
「はぁ!?」
「…えっ?」
エルティより早くにフェレスが驚く
確かに、王城での騒動についてはエルティから聞かされていたが、それだけで指名されるとは思えないからだ
一方で、エルティはイザナという名に、王城での出来事がフラッシュバックされる
主に、夜会で何度も目線があったことを
「…わかりました、今すぐに向かいます。知らせに来ていただきありがとうございました、先輩」
「俺も行くよ、エルティ」
同行を申し出たフェレスと共に、エルティは騎士団長室へと向かう
道中、エルティはイザナ殿下に何か勘づかれているのかもしれないと不安になる
だが、イザナ殿下とはあの時以外に話したことはないし、その可能性は低いだろう
なにが起こるのか、不安しかないのだが、逃げるわけにはいかないだろう
腹を決めて、団長室の前に立つ
「失礼します、クライアンス入ります」
碧き少女は一つの運命と、大きな決断に出会う道へと一歩踏み出す
ー第6話おわりー
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[mokuji]
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