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――――春

人が別れ、人が出会う季節

私たちはこの季節に、新たな風と出会った

私たち一人一人が諦めかけていた

どうしようもなくて、越えられることができなかった壁を越えさせてくれるような

諦めないでぶつかれと教えてくれるような

ここ、遠月茶寮料理學園が大きく変わる波乱を巻き起こす、そんな風に…

















綺麗に隅々まで整えられた広い厨房で、若い男女が制服にエプロンを着用して、調理を行っていた


「そういえば聞いたかい、ゆりな」

「聞いたって…なにを??」


この学園に入学してきてから日常となっていた、二人での試作品作りの途中で、男が思い出したように声をかけてきた

明るい茶髪の男は、可愛いくまさんがプリントされたエプロンを着用している

ゆりなと呼ばれた女は、問いかけてきた男に向かって、キョトンとした顔で首を傾げた

女は紫黒色の艶やかな髪を、調理の邪魔にならぬように後ろに束ねている

彼女の方は淡い水色のシンプルなエプロンを着用している

聞いたかい?と言われても思い当たるものは特にない

また、自分の知らないなにかが起こっていたのだろうか

数年前のある出来事を思い浮かべながら、目の前の男に目で尋ねる

そんな彼女の視線を受け、知らないことを察した男がさらに言葉を重ねた


「入寮希望の編入生がいるそうだよ」

「…? 入寮希望者? 新しい子が入ってくるんだね! けど、それがどうかしたの??」


つい先日編入試験があったというし、入寮希望者がいても不思議ではない

なにか驚くようなことや、話題性があるのだろうか


「今回の外部からの編入者はたった一人らしいよ。しかも、今回の審査員はあの薙切くんだ」

「薙切えりな…」


遠月学園高等部1年で遠月学園総帥の孫娘であり、さらにあの「遠月十傑評議会」の第十席に籍を置く少女

また「神の舌(ゴッドタン)」とまで呼ばれる優れた味覚を持つ彼女の試験を合格したとなると…

その編入生の実力は確かなものであるには違いない


「興味深いだろう?? 何かが起こりそうな予感がしないかい?」


そう言った男、一色慧はどこか子供のような無邪気さが窺える笑顔を浮かべた

彼のこんな無邪気な笑顔は珍しかったので、ゆりなもなんだかその編入生に興味がわいた


「どんな子なんだろう…。慧君、楽しみだね!」


期待を込めて笑いかけると、一色も笑い返してくれる


「ふふ、そうだね。賑やかになりそうだ」


うきうきと調理の手を動かす一色

そんな彼を調理台を挟んで正面から、そっと見つめていたゆりなは、つられて嬉しい気分になる



「だからゆりな、今夜は空けておいてくれるかい? 転入生の歓迎パーティをしようと思っているんだ」

「え? 今夜、なの?? ふみ緒さんの入寮審査もあるし、今日は無理なんじゃないのかな??」


ふみ緒さんとは、自分たちが住んでいるこの寮、極星寮の寮母さんのことである

そして、ゆりなが言った入寮審査とは、この極星寮に入るためにまず、受けなければならない試験のことだ

審査員である寮母ふみ緒さんの舌を満足させる品を作らなければならない

これは審査員のふみ緒さん曰はく、「生半端な腕の人間を入寮させるわけにはいかない」かららしい

転入試験を合格したからといっても、いくらなんでも今日いきなり入寮試験を合格するかはわからない

なんといってもふみ緒さんの審査は生半可ものではないのだ

現に何回も落ちた末に入寮した生徒だっている

歓迎パーティをやるのは素敵なことだと思うが、いくらなんでも気が早すぎじゃないだろうか

そう思ったゆりなが一色に異議を申したのだ

しかし、そんなゆりなの懸念を知ってか知らずか、彼はあっけらかんと言葉を返してきた


「薙切くんの舌を唸らせた子なら、入寮は簡単だろうよ。というわけでゆりな、今日は起きておいてくれよ」

彼のいうことは確かに一理ある

あの薙切えりなの審査を通り抜けたのだ

入寮審査ならあっさりとクリアしてしまいそうな気がする

それに極星寮のみんなと騒ぐのは、毎度のことであるし、嫌いでもない

ゆりなはおとなしく一色のいうことに頷いた

すると一色は、機嫌を良くしてニコニコと微笑んだ


「うん。ゆりなはいい子だね。ちゃんと扉から迎えに行くから用意はしておいてね」




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