※※第312話:Make Love(&Sex aid).40
…――――――あなたの視線は、いつだって、
優しすぎる猛毒だった。
「……しまった、分量書ききれなかった!」
可愛らしいゆるキャラグッズのメモ帳に同じキャラクターのファンシーなシャープペンでメモを取っていた綾瀬は、レシピから画面が変わってしまったテレビを恨めしそうに見た。
今夜も絶好調に『ジョージの晩ごはん』を観ていたわけなのだが、この番組はいつもけっこうな勢いでレシピの書き取りに手間取る。
アンチョビやらナツメグやらシュールストレミングやら、使う材料がやたらと多いのがジョージの料理の特徴だった。
ちなみにシュールストレミングの回は開封する前にアシスタントが泣きながら逃走したため、実際に放送されてはいない、あと幸いなことに開封もされていない。
そんな感じで、手軽で美味しい料理を作りたい主婦層からの支持はほぼほぼゼロなのが料理研究家のジョージ小林だった。
レシピはたいてい最終的には、「詳しくはWebで」となる。
Webで詳しくを見てみたところで、材料が無駄に多いことには変わりない。
スポンサーは全てあのゴルちゃん先生の手の中にあるのかと思った綾瀬はほわあんと笑ってから、スマホ(←ロボットのほう)を手に取った。
お金持ちで権力もあるゴルちゃん先生に対しては純粋に、憧れの感情しか今は抱いていない。
「あ、兄さんからだ。」
すると、LINEのメッセージに気がついた。
どうやら綾瀬には兄弟がいたようだ。
先ほどまでのほわあんとした笑みがとたんに消えた綾瀬は、慎重な指づかいでメッセージを開いた。
指づかいとは対照的に、メッセージの内容は明るいものだった。
新婚生活を満喫している兄はこうしてたまに、何気ない日常を報告したり、尋ねたりしてくる。
兄弟仲が悪いわけではない。
「前はこれ見る度に、凹んだなあ……」
苦笑した綾瀬は、当たり障りのない返事をしておいた。
前髪を極端に伸ばすようになったきっかけを、思い出す。
…――ずっと好きだった幼馴染みが、兄の彼女になり、今では妻になった。
この気持ちが届くことはないのだと気づいたあのときから、綾瀬は自分を隠すため前髪に執着するようになった。
恋愛は未だに、うまくいかないけれど。
真依に潔く前髪を切ってもらえたことと、そのことで屡薇に意外な理由で怒ってもらえたことで、綾瀬は向き合うのを恐れていた過去と対面することができていた。
「とりあえず、僕……猫を飼いたいな。」
そして最近の綾瀬はめちゃくちゃ、猫を飼いたかった。
前髪にじゃれつかれる心配もなさそうなので、猫を飼ってひたすらゴロゴロされたい。
泣きたい気分のときは何がなんでも抱っこをさせてもらって、和みまくりたい。
じつは綾瀬はそれなりに、複雑な過去を抱えていた。
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