※※第270話:Make Love(&Expectation).164
「夏休みに補習になんて、俺だってなりたくなかったよ……」
アルバイトを再開させた羚亜は、レジに立ちながらふと溜め息をついた。
愛羅からは恥ずかしい格好でお仕置きを言い渡されており、最近の彼女のエロ親父っぷりからして“恥ずかしい格好”というのは高確率で女装がきそうで早くも気が重い。
「あっ!チーフは力仕事とかしなくていいですよ、全部ボクがやりますんで!」
「えええ…?俺、気を紛らすためにも掃除とかしたい……」
「チーフはお顔がよろしいので、とにかくレジに立っててください!」
「ぇぇぇえええ…?」
モヤモヤを振り払うためにも店内の掃除とかしてみようかなと思い立った羚亜は、元チーフに余計な気を遣われた。
店は二人で回しているが、元チーフのキャラはモヤモヤを助長するほど鬱陶しくもある。
三咲さんよくここでアルバイト許してもらえたな……と、羚亜はいたく感心すら覚えた。
そのとき、客の来店を告げるセンサーチャイムの音がした。
「いらっしゃいま」
元気よく接客しようと顔を上げた羚亜は、止めて息を呑む。
入ってきたのは一人の女性客だった、俯き加減に雑誌コーナーへと歩いて行く。
なぜだかわからないが、その女性は何かに心底怯えているように見えた。
(あのひと……ヴァンパイアだ……)
同じ匂いを感じ取った羚亜は、思わず息を潜めた。
向こうは店員がヴァンパイアであることに気づいていられるような余裕は、一握も持ち合わせていないようにも見える。
(けっこういるものなんだな……)
同じアルバイト仲間のベンジャミンも忘れがちな設定だけれどナナより長いことヴァンパイアなので、さほど驚くようなことでもないのかもしれないと羚亜はふと思った。
それに、ヴァンパイアの客が来店をするのは、今回が初めてではない。
(あれ……?)
そのことを思い出した羚亜は、何かが心に引っ掛かった。
あの、闇を纏った男のヴァンパイアが口にした言葉が、妙に重々しく反芻されていた。
『女を捜してるだけだから』
「羚亜く〜ん、お疲れさまあ!」
心がさざめいていると、コンビニのなかには愛羅の元気な声が響き渡った。
はっとした羚亜が我に返ると、あの女性客の姿はもうどこにも見当たらなかった。
「どうしたの?まさか羚亜くん、新人いびりにでも遭ってるの?可愛すぎるからいじめられてるの?」
「えっ…?」
会いにきた彼氏の様子を怪訝に思った愛羅は、とんでもない勘違いをしてしまったようで、
「よしきた!あたしが本部にクレーム入れてやる!」
「クレームは勘弁してくださいましぃ!」
「愛羅さん!?俺、愛羅さんにしかいじめられてないよ!?」
「美少女にいじめられてるとか羨ましすぎますチーフぅ!」
一悶着があった。
相も変わらずクレームを最も恐れている元チーフは、ドMなのかもしれない。
このささやかな騒動のおかげで、羚亜は忘れることができた、美咲という名のヴァンパイアが来店した事実を。
[ 43/539 ][前へ] [次へ]
[ページを選ぶ]
[章一覧に戻る]
[しおりを挟む]
[応援する]
戻る