※※第231話:Make Love(&Wedding).137
その晩ナナは、またしてもどこか懐かしい夢を見た。
色彩はおそらく再現されていなかった、コールタールのような色をした物悲しい夢の中で、ナナはうずくまりさめざめと泣いていた。
『…――――あれは事故だったんだよ?君はただ、あまりにも優しすぎただけなんだ。』
泣いているナナへと、誰かが優しい声を掛けてきた。
それは何とも、無機質な優しさに感じた。
『そんな君が早く立ち直れるように、忌々しい君の記憶は俺が預かっていてあげよう。それでいいよね?』
誰かが、ナナの頭へと触れてくる。
夢の中を、現実味のある眩暈が駆け抜けていった。
『あの“悪夢”を憶い出したくなければ、君はこの先決して人間を愛したりはしないように。』
頭に手を当てたまま、目の前の霞んだ誰かがはっきりと念を押した。
その声の主が誰なのか、夢の中のナナはちゃんとわかっていた。
『もし、人間を愛してしまったら……、この悪夢は君のもとへと舞い戻ってゆくだろう。少しずつ、確実に。』
現実へと誘う、眠気が襲い来る。
ナナは顔を上げようとしたが、できなかった。
誰かの声は穏やかに、それでいてひどく不気味に濁った夢の中へと響いていった。
『まあ、君は今まで人間との恋愛には無縁だったようだから、大丈夫だろうとは思うけど。……幸運を祈るよ、君は俺の唯一の、』
『共犯者なんだから……』
ドクンッ――――――…!
真夜中に、ナナは目を覚ました。
夢の中より遥かに、現実のほうが明るいように感じられた。
全身は汗ばみ、鼓動が妙な速さで脈打っている。
ナナは夢の中の声の主が、誰だったのかを思い出そうと試みたものの、残念ながらちっともその点については思い出せなかった。
「……共…犯者……?」
反芻するその言葉以外は、全てがうろ覚えだった。
“共犯者”とは、ナナに与えられた言葉だったのだろうか。
繰り返すほどにその言葉は、罪悪に似た重みを増していった。
ナナは黙って、隣で眠っている薔を見た。
彼は彼女へとくっついて、静かに眠っている。
無性に、泣きたくなった。
伝わりくる薔のぬくもりに止め処ない、愛おしさと安堵、そして哀しみをナナは覚えた。
過去が、記憶が、まだ気づかないところで氾濫し始めている。
闇に塗れた悪夢が、狂おしき愛を見据え、嘲笑っていた。
…――The mystery is called The mystery.
『A tale is unfolded in Z after this.』
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