※※第196話:Make Love(&Fixate).114













 ぽつぽつと、暗く呑まれそうな夜空からは雨が降り出した。
 持ち歩いていた傘を取り出す者、あと少しでたどり着く駅まで駆け出す者、駅で誰かの迎えを待ちわびる者など、街にはさまざまな世界が溢れている。
 生暖かい雨は音を立てて敷き詰められてゆく。


 けれど、スタジオには、そんな雨の音は一粒たりとも届いてはいなかった。




 「なんで、僕が謝らなきゃ…」
 不服を申し立てようとした初日だが、相手の雰囲気が雰囲気のため、埃が散らばった床に殴られた頬をさすりながらもきちんと正座はしていた。
 「あ?」
 濁点必須で返した薔の口元ではまたしても、人工的な牙が何ともヴァンパイアっぽい光を見せる。
 マジで血まみれ5秒前とはこのことである(MCG?)。



 覗く牙よりも鋭い視線を送られ思わずビクッとなってしまった初日は、自分がアーティストだということも忘れ、床に両手を突くと頭を下げて謝罪をした。

 「ご、ごめんなさい…」
 これを土下座と言います。





 「俺じゃねぇだろ、ナナに謝れ。」
 顔を上げた男へと薔はさらに凄み、

 ……ひぇぇぇえええ!

 畏怖して後ろのめりとなった初日は後ろの壁に後頭部を思い切りぶつけてしまってから、向きを変え、ひたすらに彼氏の猟奇にときめいているナナへと謝罪をした。

 「ごめんなさい!」





 ……あの人いちおう人気急上昇中とかのバンドのボーカルだよね……

 スタッフさん方やなんかは、さりげなくそう思ってはいる。


 「え?あ、あぁ、はぁ…」
 とにかく薔の姿にキュンキュンしっぱなしのナナさんは、肝心の初日の謝罪についてはいっさい見てはいなかった。
 なので返事はひどく曖昧だった、彼氏のヴァンパイア姿に夢中でそれどころじゃないので。

 「そのまま頭は上げんじゃねぇぞ?」
 土下座をしている初日に命じた薔は、男へ向かって歩み寄ると、

 床にくっつくくらいとなっているその頭を、思いっ切り踏みつけようとした。



 大切な彼女を傷つけた初日への制裁が、彼により容赦なく加えられる前に、

 …………はうあ!

 ときめきながらも必死になって我に返ったナナが、声を張り上げたのだった。

 「薔っ!ダメです!」








 彼女に声を掛けられた薔は初日の顔を踏みつけることもなく、振り向いた。

 「ナナ……」

 その瞳は、先ほどまでの鋭く研ぎ澄まされた猟奇はどこへやら、打って変わって悲しげに彼女を見ていた。

[ 482/537 ]

[前へ] [次へ]

[ページを選ぶ]

[章一覧に戻る]
[しおりを挟む]
[応援する]


戻る