※※第173話:Stray(&Masturbation).1








 「ん……」
 何となく、彼と一緒にいられる夢を見ていた気がして、ナナはおもむろに目を覚ました。

 「わたし…、寝ちゃったんだ…」

 ……今、何時だろう……




 薔はまだ帰ってきてはいないのだろうか、ナナはひとまず部屋に明かりを灯そうと、体を起こした。

 そのとき、

 「あれ……?」

 掛けて寝た覚えはないザザえもんのバスタオルと、“あるもの”が傍らで少し転がった気配を、感じたのである。



 それを手にして、よくよく眺めてみると、

 薔が持っているほうの、花子のキーホルダーだった。





 「…――――――――!!」

 薔は帰ってきたのだと、慌ててソファから降りようとしたナナであるが、

 「そ…っ、そういえばわたしっ、すんごい格好で寝ていたような…っ、」

 手にしたままの彼のシャツに気づき、真っ赤っかとなった。


 乱れていた着衣を整えてくれたのは薔であろうと思い、自分でしっかりと身につけながらもますます恥ずかしくていてもたってもいられなくなったが、肝心の彼の気配を部屋のなかには感じられない。
 テーブルの上には、彼の鞄が置かれてはいたが。




 「あのひと…、どこに行ったのかな…」

 ひどく心配になったナナは、薔を探そうと部屋を飛び出した。

 彼が残していった花子のキーホルダーは、きちんと手にしたまま。
 キーホルダーが持つ力、その意味を、ナナはとてもよく知っていたからだ。


 それから、飛び出してゆく直前、ナナは玄関で傘をひとつ、しかと手に取った。









 ナナが玄関を飛び出していってから、すぐに、

 バンッ――――…

 部屋を飛び出した花子はお利口にドアを開け、ナナの後を追いかけていきました。









 ナナは全力で、階段を駆け下りていた。
 指輪を外している、15階から駆け下りるのもあっという間のことだった。


 落ち着いた明かりの灯るエントランスを抜け、外へと飛び出る。
 雨はまだ、降ってはいない。
 いったん、右へ行こうか左へ行こうか、ヴァンパイアの勘を働かせ、ナナは辺りを見渡した。




 そのとき、

 グイッ――――…!

 後ろから何者かに、縄のようなものを身体に回されてしまったのである。

 「なっ、何っ!?」
 今は指輪を外している、これを解くことなど容易いはずなのだが、縄にしか見えないそれはびくともせず、身体を締めつけてくる。
 まるで、ヴァンパイアの能力が無理矢理抑えつけられているような、気味の悪い息苦しさが全身を取り巻いてゆく。



 「はっ、離してっ…!」
 暴れることすら困難となったナナは、横付けされたワゴン車へと二人がかりで押し込められ、

 車は、走り去った。












 ナナが消えた歩道には、一本の傘がぽつねんと置き去りにされていた。


 「ワオ――――――――ン…!」

 駆けつけた花子の、雄叫びが暗い雨模様の空へと轟く。





 そして、傘を咥えた花子は、

 ダッ――――――…!

 夜の道を、全速力で駆け抜けていった。





 それはまるで、迫りくる影を、

 敢然と振り切るかのように。















  …――They're my feelings, arrive at you!

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