※※第170話:Make Love(&Healing).97







 「クゥン…」
 豆の悲しげな鳴き声が、部屋の中から聞こえてきた。
 花子が“大丈夫よ”と言い聞かせるように寄り添う。


 薔は黙って、後ろ手にそっと窓を閉めると、

 「俺の血…、吸っていいぞ…」

 袖を捲り、腕を差し出してきた。
 その間彼はずっと、表情を窺い知ることのできないほどに俯いていた。
 夜風がさわりと、ふたりの間を吹き抜けてゆく。



 「え…?でも…、嫁さんに悪いし……」
 屡薇は躊躇ったものの、

 「いいから、吸えよ…」

 薔の雰囲気はまるで、そうしないほうが申し訳ないほどに消え入りそうだったのだ。
 かなりの出血で、飢えていることもある、ここはやむを得ない。




 「じゃあ…、お言葉に甘えて…」
 屡薇は彼の腕を掴み、引き寄せると、

 ガブッ――――…

 牙を立てた。






 「……っ、」
 微かに震えた薔の腕から、鮮やかな赤が滴り落ちる。
 屡薇はなるべく貪りはしないようにと、慎重に血液を吸い上げる。

 夜空に浮かぶ月の周りには、うっすらと雲が漂っている。



 しばらくは、血液を吸い上げる音が風に乗って響いていた。


 「ありがと。…やっぱ薔ちゃんの血、すごいね、嫁さんにしか効果ないっつっても…全然ちがう……」
 何度か理性が飛びそうになったが堪え、腹部の傷が塞がるまで吸い終えると屡薇はくちびるを離した。
 しかし、ハーフの彼は、噛み痕を癒す術を持ち合わせてはいなかった。



 ただ黙っている薔の腕からは未だ、鮮血が流れ落ちている。

 「…薔ちゃんこそ大丈夫?俺、吸いすぎたかも…」
 屡薇は心配そうに、彼の顔を覗き込んだ。





 すると、

 「……お前、彼女には会えたのか?」

 心ここにあらずと言った雰囲気で、薔は静かにそう問いかけてきたのだ。


 「え?あ、まだだけど、」
 「なら早く行ってやれ、心配してるかもしんねぇぞ?」
 真依に会いに行く途中だった屡薇も、彼女のことをずっと考えてはいた。


 この場を何とかできるのは嫁さんしかいないということが、屡薇にはよくわかっていたため、

 「じゃあ、今から行ってくる。つっても着替えねぇとダメか、豆はもう少し花子ちゃんにお願いするかな、」

 努めて明るく笑って、リビングへの窓を開けようとした。






 その背中へ向かって、

 「静かに行けよ?ナナが寝てんだ、」

 前を向いたまま、薔は言ったのだ。

 「それからお前、もう俺には関わんな…」

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