※※第144話:Make Love(&Agreeable).79












 時刻は、19時より7分ほど前。

 夕月はマンションのエントランスへと差し掛かっていた。
 彼はいつも、相手が誰であれ自宅へ迎えに訪ねる場合は“5分ほど前”を徹底している。

 如月は、車にて待機。





 月も星も、わりと綺麗な夜だ。

 落ち着いた明かりが灯るエントランスへと、足を踏み入れた夕月は、

 ガッ――――…!

 ものすごい勢いで隣を走り抜けて行こうとした人物の腕を、思い切り強く掴んだのだ。




 「痛っ…、何すんだよっ!?」

 声で男とわかったが、この時間にサングラス、そしてマスクにパーカーのフードとベタなくらい明らかに異様な格好をしている。






 「身なりについては、とりあえず置いといてやるが、」

 くっと笑った夕月は、余裕の表情で言いました。

 「服に血なん付けて走ってくる奴がいたら、取っ捕まえんのが礼儀ってもんだろ?」

















 ――――――――…

 「う…っ、くっ、」

 ポタポタと、涙は玄関へと次々落ちて濡らしゆく。


 「クゥン…」
 悲しげな声で、豆が花子へと駆け寄った。
 花子の瞳も、深く濡れている。






 「きゅっ、救急車っ、救急車…呼ばなきゃ…っ、」

 ナナは赤く染まった震える両手で、携帯電話を死に物狂いで取り出し、

 「おねが…っ、震え…ないでっ、お願いぃ…っ、」

 ボタンを押そうとするのだけど、どうやってもままならない。
 自分が何をしているのか、わからなくなる場合ではないのにわからなくなりそうで。





 カシャンッ――…

 とうとう、血で手が滑って、携帯電話は床へと落ちてしまった。


 「うっ、うっ、…ひっく、っ、薔ぅ…っ、」

 ナナは泣きながら、彼を抱きしめる。






 ……わたしが、

 わたしが何とか、しなきゃ…





 そう決心し、震えは増す一方だが、指輪を外そうとした瞬間だった。



 『ナナちゃぁん?』

 電話口から、こけしちゃんの声が聞こえてきたのだ。



 どうやら、手当たり次第にボタンを押しているうちに、いつの間にかこけしちゃんへと発信していた模様で、

 「こ…っ、こけしちゃ…っ、」

 藁をも掴む思いで携帯を何とか手にすると、ナナは悲痛な声で訴えたのだった。

 「おねが…っ、救急車のっ、でんわっ…ばんご…っ、教えてぇ…っ…」

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