第三話:蝕む疑心暗鬼








 さほど眠れもせず目覚め、コンパクトミラーで確認してみると案の定髪はぐしゃぐしゃ、目も腫れぼったくて酷い顔。
 「うわぁ…、お兄ちゃんには絶対に見せられないよ……」


 兄はあれから、少しでも眠れたのだろうか?
 仕事に差し支えたりはしないだろうかと、梨由はそのことがふと気になりだして。
 それでもひとまず、シャワーを浴びることにした。

 乱れていた衣服を脱いでゆくと、こんな格好のまま寝ていたのかと頬が熱くなる。
 恥ずかしさが、手の動きを早め、手こずる。

 やがて、一糸纏わぬ姿になった梨由は、おもむろにバスルームへと足を踏み入れた。

 鏡に映った、自分の姿。
 おかしいところはないだろうかと、念入りに眺めてみる。
 「あんまり色気のある体じゃないよね…」
 そしてぽつりと呟いた。

 あの、兄が部屋に連れ込んだ女、美智という女性は、豊満な体つきをしていたのをよく覚えている。
 脱ぎ捨ててあったブラジャーも、自分は手に取って見ることすらないような代物だ。
 こんなこと、はやく忘れられたらいいのだろうけど。

 ブンブンと首を横に振った梨由は、頭を冷やすべく冷たいシャワーに打たれたのだった。







 「今日も元気ねぇよな、どした?」
 隣から掛けられた鉄太の言葉で、我に返る。
 「そんなことないよ」
 梨由はつとめて、明るく笑って答える。
 ふたりは並んで、キャンパス内の廊下を歩いていて、
 「そっか、よかった。あー、俺腹減っちゃったよ」
 「あはは、鉄太はいつもそれ言うじゃん」
 「そうかな?」
 端から見ればきっと、仲のよさそうな恋人同士だ。

 「あ、鉄太たち、ここ席空けといたよ〜?」
 「おっ、サンキュ」
 「ありがと」
 学食では、よく一緒に昼食を摂る友人カップルと席を並べて。

 いつもとさほど変わらない風景、まだ追いかけっこをしているけれど、何かは劇的に変わってしまった。

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