愛するしか出来ない。








 (俺は歩いて行きたかったんだがな、)
 高級車のシートにもたれ、咲は流れてゆく景色を眺めていた。

 運転手は無言で、チラチラと彼を見たりしている。



 『歩いていって、ナンパでもされたらどうするの!?』
 咲の脳裏には、そう言って必死になる漣の姿が浮かんでいた。


 「…ったく、漣は心配性だな。」
 そんなことをぽつりと、咲が呟いたところで、彼がこれから通う高校が見えてきた様子である。










 「漣さま、また咲さまのことばかりを考えておいでですね?」
 目の前で書類に目を通している漣へと、柏葉が声を掛けた。

 「うわぁ、柏葉っ、どうしてわかったの?」
 「逆さまにして、お目を通しておりますゆえ、」
 よくよく気づいてみると、漣は書類を逆さにして眺めていた。

 「あ、ほんとだ。」
 「呆れてものも言えませんわね、」
 「今、忠告してくれたじゃん。」

 ……………………。


 漣が笑ったため、柏葉は本当に何も言えなくなってしまった。



 「どうしたの?」
 見上げる漣を、無言で見つめる柏葉。



 「柏葉、ねぇってば、」

 あまりにも漣が、真っ直ぐな瞳をしているせいか、

 「漣さまは、この上なくお美しいおかたが好みでございますゆえ、わたくしなどを見つめてしまいますとお目が腐りますことよ?」

 眼鏡をくいっとさせ、きっぱりとそう言った柏葉はつかつかと部屋を出ていった。




 「なにそれ?」
 漣はただ、目をぱちくりさせていた。













 ――――――――――…

 「ちょっと、あの編入生、めちゃくちゃイケメンじゃない?」
 咲を見ながら、これからクラスメートになる女子生徒が、同じくな隣の男子生徒へとひそひそ声を掛けた。

 「いや、あれはイケメンつうか…、お前より遥かに美人、みたいな?」
 「ひどぉ〜い。」
 などと言いながらも、女子生徒は笑っている。




 …――まるで別世界だな。

 咲は思った。





 「では、咲は、あそこの空いてる席に座って。」
 ふと、笑って、担任の藤堂という男が、促すように咲の肩へと触れた。


 「―――――――…」
 咲はなんだか、とてつもない違和感を覚えた。それは先ほど感じたものより、遥かに異様な。





 黙って、咲は席へと向かう。

 (俺はアイツを知らねぇが、)

 こころの奥底から、おぞましい記憶が湧き上がってくるかのようで。


 あの、手の、触り方は、


 嫌というほど知っている――――――――…





 「…………………、」
 藤堂は少し笑うと、何事もなかったかのようにホームルームを始めた。

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