処罰は行わなければならない
デートの約束をして、彼に会うため彼が買ってくれた白いワンピースを着た。ワンピースに似合うようにと彼が買ってくれた、ヒールの高い靴を履いた。ブランドものの、華奢なピンヒール。
初めて履いた日にヒールが折れて、足を挫いた。とても痛かった。
ヒールが折れたことは伝えずに、足を挫いたことだけを電話で彼に伝えた。
彼はいつもと何ら変わりのない優しい声で、「気をつけておいでね」と言った。
私は半ば足をひきずりながら、タクシーを呼ぶこともせず、電車に乗るため駅へ向かった。靴はスニーカーにしたいところを我慢して、パンプスを履いていった。
電車では、私より遥かに年上の女性に席を譲ってもらった。
ありがとうございます、と会釈をしたとき、妙な息苦しさを覚えた。
ワンピースは、私の躰のサイズにぴったりと合いすぎていた。ちょうど、彼に抱きしめられているときの感覚に似ていた。
空は雲っていた、白にも黒にも寄り添わず、どこまでも淡い灰色だった。
三つ目の駅で乗り換えをして、それからまた三駅。乗り換えたあとはずっと、立ちっぱなしで電車に揺られていた。パンプスのかかとがぐらぐらして、少し憂鬱な気分になった。
彼に会いに行くことは、憂鬱ではなかった。
こんな足で会いに行かなければならないことが、憂鬱だった。
彼のマンションに辿り着いたときには、汗ばみワンピースがますます肌へと張りついていた。
「普通に歩ける?」
と、彼は私に聞いた。部屋へ招き入れてもらっての、第一声がこれだった。
薄暗い部屋のなかで、外は雲っているなかで、彼の眼鏡は溶けない氷のように澄んでいた。汗をかいたあとの私はとたんに躰が冷たくなり、またすぐに熱くなる。
穏やかな声で言った彼のくちびるも、瞳も視線も、氷ったナイフのように私へと突きつけられた。
自然と頷いて見せた私は、彼と視線が合わないようにシャツを見た、細身に清潔そうな白が映えている。今は薄暗いことを、私はしばし忘れてしまう。
がくがくと震える足で、彼に見つめられながら、テーブルの周りをゆっくりと歩いた。バランスを上手く取れず、ぎこちない歩き方でひどく恥ずかしくなった。挫いた左足は、くるぶしの辺りが腫れていた。できることなら冷やしたいと、思いながら半周くらいして、立っている彼の傍らを通り過ぎようとした。
ふっと、通り過ぎる際、彼が耳もとで囁いた。
「良かったね?利き足じゃなくて」
優しい言い方だった、恐ろしいくらいに彼の声は優しかった。
そして、彼の優しさはいつだって、優しすぎてどこか冷たい。
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