ハッピーバースデーはカニバリズムで








 一ヶ月後は彼女の誕生日だから、僕はもっとしっかりしなければならないとずっと心に言い聞かせていた。数ヶ月前から始めたアルバイトも、シフトを増やしてもらえるよう店長に頼んであった。
 けれど、アルバイトにかまけて彼女を疎かにしてしまっては本末転倒だと、僕は心で僕を戒めるようにしていた。

 何よりも大切なのは、彼女なのだから。


 大学のさほど仲が良いというわけでもない友人から、「女性は基本的にサプライズが好きだ」と教えてもらった僕はその日、アルバイトが終わったその足で彼女のマンションへと向かっていた。
 会う約束はしていなかった。サプライズというものはどういうふうにすればいいのか、いまいちよくわからなかった僕はとにかく彼女を驚かせてあげようと思った。
 彼女が好きだと言っていたダージリンティーを、所持していた金額ギリギリで買えるところまで買って、可愛くラッピングもしてもらった。店員さんはなぜか、困惑しているようだった。
 彼女の誕生日プレゼントのために稼いだお金だけど、彼女へのサプライズのために使うなら赦されるだろう、僕はそう思うと足取りが軽くなって大きな紙袋を揺らしてしまってから、慌てて慎重に抱き上げた。
 揺らすことで風味が損なわれてしまっていたら、どうしようという不安に駆られだす。彼女の大好きなダージリンティーを、最善の味で味わってもらえなくなるのが僕のせいだとしたら、堪えられない。

 僕は迷っていた、このサプライズ品をほんとうに彼女に渡してしまってもいいものかどうかと。









 途中からやけに足取りは重くなったけれど、気づくと彼女のマンションに辿り着いていた。
 震えてしまう手で、合鍵を取り出しオートロックを外す。この瞬間はいつも緊張して僕の動きはぎこちなくなる。大好きな彼女にもらえた合鍵はあまりにも特別すぎて、僕の手には不釣り合いに思えてしまうからだ。
 深呼吸をひとつしてから、僕はエレベーターへと向かった。
 10階のボタンを押すときでさえも、僕のゆびの動きはスムーズにはいかなかった。僕にとってその先にあるのは、かけがえのない彼女が暮らす楽園だった。そこへ向かうボタンを押すゆびにしては、僕のゆびはあまりにも貧相に思えた。
 ダージリンティーの袋の隅が、手のひらの汗で湿っている。
 僕はやはり何をやってもへまをしてしまうのだと思い知らされ、項垂れた。

 こんな僕の頼りないサプライズで、彼女が果たして喜んでくれるのか不安で仕方がなかった。

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