※※第354話:Make Love(&Nirvana).214







 「美咲、」
 夕月の物腰はいつまでも穏やかだった。
 妻を責めるつもりは端からなかった。

 「同じ言葉を同じ思いで、俺の目を見ながら言えるか?」

 先ほどから視線を一秒たりとも交わそうとしない美咲を、真っ直ぐに見つめて夕月は確かめた。




 「……っ!」
 気づかれていた美咲は彼と視線を交わしたい衝動を、必死で抑え込む。
 「騙されていたとしても、俺は美咲を愛している、これからもずっとだ……」
 真っ直ぐに見つめたまま、夕月は返した。
 その想いは変わらなかった、ただ、薔とナナを傷つける危険性を孕んでいるのなら、美咲のことをこれ以上捜すつもりはなかった。


 「私は、竜紀に協力していたの……!あの日、薔くんの家族が、事故に遭ったのも……」

 ようやく顔を上げた美咲は泣きそうになって、あまりにも重大な事実を暴露しようとした。
 夕月は、美咲が口にするには不釣り合いな言葉の数々に、動揺を押し隠そうとした。

 ふたりの視線が交わった直後、部屋には別の声が冷ややかに響いた。



 「ばかやろう、余計なことまで喋るんじゃねぇよ、」

 その声が響いたとたん、美咲は畏縮した。
 夕月には、話すべきだった内容の一部を話した彼女はまだ呪縛から逃れられなかった。
 男は、ナナと薔の幸せを容易く壊せる真実を、知っているからだ。





 「お前、あの時の……」
 突然現れた男には、夕月は見覚えがあった。
 ファミレスの入り口に立っていた、あの、異様な雰囲気をした男だった。
 「覚えててくれたなんて光栄です、夕月さん、」
 丁寧な言葉遣いをしていてもどこか乱雑で、会釈をした京矢は微笑む。

 「お前また勝手なことしやがって……」
 「ごっ、ごめんなさい!」
 夕月の目の前で、京矢は美咲に手を上げようとした。


 「おい、みっともねえ男だな、」
 美咲が傷つけられる前に、嘲笑した夕月は京矢の手を止めた。

 「何も手出しできねえ女を殴ってどうすんだよ、殴るなら俺にしな?美咲に余計な事を言わせたのは俺だからな。」







 男はプライドが傷つけられるのを許さない性分だと、見抜いての発言だったのか。
 振り向いた京矢は夕月を睨みつけた。
 夕月はまったく、怯んでいなかった。

 「お前なんかなあ、F・B・Dを持ってなけりゃ簡単に殺せるんだ!」
 夕月を指差して、京矢は声を張り上げた。
 F・B・Dの話が持ち出された瞬間、美咲はびくりとした。

 「訳のわからねぇ負け惜しみだな、」
 F・B・Dについては以前に聞いたことがあるとふと思い出した夕月は、それが何なのかもわからず優雅に立ちはだかっていた。

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