第1話:Taboo.1



「さぁ、みんな、授業を続けるぞ!」
 担任が明るく手を叩き、何事もなかったかのように授業は再開された。
 (アイツ、どれだけ性格歪んでるんだよ……………)
 しかしナナには、わかっていた。
 ――薔が、間違ったことは言っていなかったということが――――――…。
 (ま、いっか。いなくなったんだし、もう忘れよう。)
 開き直れる。
 優越感にひたれる。
 言い聞かせた、自分に。
 しかし薔がいなくなった教室、そこは、居心地がいいはずなのに、どこか寂れて面白みのない、遊び飽きた玩具箱のなかのようだった。








 やってきた、放課後。
 “狩り”の時間は静かに動きだす。
 ナナは、空腹だった。
 すんでのところで理性を保つ状態、つまりは、限界だったのだ。
 (誰でもいいから、血がほしいんだけど………)
 うつろな瞳は、都合のよい獲物を求めて宙を彷徨う。
 そんなとき、
「三咲さん、お話があるんですけど、いいですか?」
 名前を覚えきれないクラスメートのひとりが、ナナに声をかけてきた。
 お察しの通り、ナナの香牙にやられた気の毒な男子生徒が。
 (この子、かなり効きやすいのね…………)
 こんな好都合を、みすみす逃す手はない。
「いいわよ、」
 妖しく微笑むナナ。
 二人きりになれるように、周りに暗示をかけて。
 やがて、ヴァンパイアとその獲物、という、二人のためにできた空間。
 それは教室が姿を変えた、絶体絶命の“檻”。


 秘めたる野性に、うっすら浮かぶ月は微笑む。

 夕方の空。









「三咲さん、あの…………」
 男子生徒が、モゴモゴと何かを言いたげである。
「なに?」
 微笑むナナに、
「ボク、三咲さんに一目惚れ、しました。だから、その………、つ、付き合ってください!」
 勇気を出した告白。
 褒めて遣わそう。
「いいわよ。」
 あっさりと答えるナナ。
「本当、ですか?」
 明るくなった男子生徒の表情、それを、このときのナナはまだ、“獲物”としてしかとらえることができなかった。
「もちろんよ。……………だって、あなた……………」
 微かに笑う、くちもとに。



 鋭く美しい牙を見せて。



「今日ここで果てるのだから。」
 「―――――――…!?」
 目には見えない速さで、ナナが男子生徒の首もとに食らいついた。
「う…………あ……………」
 叫び声を上げたいだろうが、それは叶わなかった。
 急激に失われてゆく血液が、彼の意識を途切れさせたからだ。
 ぐったりと、床に倒れ込む。
 その重い体を抱きかかえた、まさにその瞬間――――――…




「なにしてんだ?お前は。」




 すべてのものをつんざき、声は響いた。

 寿命などないはずが、その短縮を痛感するほどの、予期せぬ事態。
 頭のなかが真っ白になったナナが、静かに顔を上げると、



「暮中……、薔……………?」





 おそろしく絶対的な瞳が、突き刺すように彼女を見下ろしていた。











 Taboo<禁忌>.1's ablutions...

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