短編 | ナノ



シュガーオーバー


ザンザスは自分の眉間にしわが寄るのを感じました。自身の想い人が他の男に絡まれていたのだから当然です。納豆はそれを邪険にするわけにもいかず、困ったように笑っていました。ザンザスは背後からそっと納豆に近寄り彼女の腕を掴んで後ろに引きます。驚いた声をあげて納豆が自分の方へ倒れてくるのを、彼は自分の腕の中で受け止めました。

『ざ、ザンザスさん、』

ようやく自分を受け止めたのがザンザスだと気づき、そしてその腕の中にいることに顔を赤くしました。彼女は受け止めてくれたことに礼を言い、軽く彼の胸元を押してザンザスの腕の中から抜け出しました。
納豆が自分の腕の中にいる間に、彼はその赤い瞳で納豆と話していた男を睨みつけました。男は気まずそうにして足早にその場所を去って行きました。

『こんばんは。』

「ああ。」

さっきまでの機嫌が嘘のように、彼は自分の中で気持ちが高揚していくのがわかりました。納豆を腕で抱きとめた感覚に自然と胸が高鳴ります。はじめてのことに彼は不思議に思いました。

いつものオールバックにワックスでしっかりと整えられた髪に黒いスーツを着たザンザスが目に入り、納豆はほうと息をこぼしました。ギラギラと輝く赤い瞳に思わず見とれてしまいました。ザンザスに声をかけられ納豆は我に返ります。

『素敵なドレスを贈っていただき、ありがとうございます。』

納豆は姿勢を正して彼に頭を下げました。今彼女が着ているドレスはザンザスが彼女に贈ったものでした。納豆の白い肌に赤いドレスが映えています。そして自分の赤い目と同じワインレッド色に心が満たされていきます。

『こんな素敵なものをいただいてしまってよかったのでしょうか?それに私には派手ではないですか…?』

不安そうな顔をする納豆を見てザンザスは考えます。なぜ不安そうな顔をするのかわからず、どう言葉にすれば彼女が安心するかわからなかったからです。

彼は納豆の目の前で片膝を地につけて跪きました。驚いた納豆はあわててザンザスを立ち上がらせようとしますが、彼は決して動きません。先ほどザンザスが腕を引いて彼女がバランスを崩したときに脱げてしまった靴を拾い、彼女が履きやすいように位置を直してくれます。
納豆はプライドの高いザンザスが自分の前で跪いていることに目を見開きます。彼女たちの様子を遠巻きに見ていた者たちもギョッとして見つめていました。そんなことザンザスはお構いなしでした。普段の彼だったらまわりの人間に悪態でもついていたでしょう。

「納豆、足を出せ。」

『あ、あの、』

戸惑う納豆の足を優しく触りヒールのついた靴を履かせます。優しい視線と触り方に納豆の心臓はドキドキと音を立てます。
納豆は子どもの頃に読んだ絵本のことを思い出しました。その絵本では今のザンザスと同じように、地面に片膝をついて女の子に結婚してほしいと求婚するのです。そのときに出てきた王子さまみたいだと思いました。

「ーーー…きれいだ。」

ザンザスの瞳と納豆の瞳が交わり、彼女の頬が赤みを帯びました。甘い視線に納豆はとろとろと溶けだしてしまいそうです。目の前のザンザスは王子さまと言うよりも黒い獣のようだけれど、絵本の中の王子さまと少女のように、すでに2人の恋物語ははじまっていたのです。


シュガーオーバー


title//誰花
2023*03*31

prev next

[しおり/戻る]




×