短編 | ナノ



新たな自由への宣誓


「まだこんな場所があったのか。」

刀を脇にさした銀髪のお侍さまが私を見下ろす。砂がつくのも気にせず地べたに座り込んでいた私は顔を上げてそのお侍さまを見た。太陽がお侍さまの背後にあって逆光で顔はよく見えない。
生きている人間を見るのは久しぶりで、声の発し方も忘れてしまった。だれ、と問いかけた声が思いのほか小さく掠れていた。

「戦が終わって2ヶ月経ったのにまだこんな荒らされた村があったなんてな。…おい餓鬼、お前とうちゃんとかあちゃんは?」

『…あっち。』

もう動かないけど、とつけ足す。3週間前に天人に殺されて、2週間前から死肉を狙うカラスが寄ってきた。最初は必死にカラスを寄せつけないようにしていたがそれももう諦めてしまった。亡き両親はとっくに骨しかなくなってしまっていた。

「…戦争孤児か、」

お侍さまが数歩私に近づいて目の前でしゃがんだ。目線が同じになり私はそこでようやくお侍さまの顔が見えた。赤い目が私を見つめる。ガラスのビー玉みたいに輝いていて綺麗だと不覚にも思った。

「お前名前は?」

『…人に名前を聞くときはまず自分の名前を名乗りましょうって母さん言ってた。』

「…生意気だな、クソ餓鬼。」

彼は私の頭を乱暴にぐしゃぐしゃと撫でた。もうずっとお風呂に入ってないから汚いのに。そんなこと気にしていないようだった。
数秒私の頭を撫でたあと、お侍さまは坂田銀時だ、と言った。意味がわからなくて呆けてしまった。

「俺の名前、坂田銀時。」

さかた、ぎんとき。口の中で名前を復唱する。ああ、そうか、お侍さまの名前か。彼の瞳が早くお前も名乗れと訴える。

『…納豆、』

自分の名前を小声で呟く。満足そうに彼は笑った。

「納豆、腹減ってないか?おにぎり持ってるけど食うか?」

『おにぎり…!』

お侍さまは左手でおにぎりを1つこちらに差し出した。久しぶりのまともな食べ物の名前に目が輝くのが自分でもわかった。自然と受け取ってしまいそうになるのを慌てて理性で引き止める。知らない人から食べ物を貰うのは、そう考えて躊躇した。お侍さまはそんな私の考えがわかったのか強引に私の手におにぎりを持たせた。食べてもいいのかと聞けばお前にやると言われてしまった。
おそるおそる茶色い笹の葉をひらいておにぎりを取り出す。そこからは早かった。自分の中の欲求を抑えられず汚い手でおにぎりを掴んでガツガツと頬張った。中に入っている梅干しが酸っぱくて鼻がつーんとした。
あっという間におにぎりは私の胃袋に消えてしまった。完食してからしまったと思った。汚い餓鬼が無我夢中でおにぎりをがっついていたのだ、お侍さまにどう思われたか。卑しい餓鬼だと思われただろうか。
ゆっくり顔を上げてお侍さまを見ると赤い瞳と目が合った。食べている私をずっと見ていたのかと思うと恥ずかしくて泣きたくなった。赤い瞳を見ていられなくて目線を下に逸らしてお礼を言えば、彼は何も言わずにまた私の頭を撫でた。

「お前これからどうすんの?ずっとここにいんのか?」

『わかんない。行くところもないし、頼れる人もいないから、多分、ここにいると思う。』

「行くところがないんだったらーーー…俺についてくるか?」

『え…?』

「俺も戦争終わって1人ふらふらしてるわけ。お前餓鬼だしこのままここにいたら野垂れ死にするぞ。」

『で、でも、私何もできないし、きっと一緒に行っても、めいわくにしか、ならない、とおもう。』

「餓鬼はそんな気ィつかわなくていいんだよ。お前がどうしたいのか、だろ?」

お侍さまは遠いどこかに思いを馳せているようだった。私を通してなにか別のものを見ているような、そんな目をしていた。

『…わたし、一緒に行きたい、』

ぽつりと呟いた声は震えていた。両親がいる場所にちらっと目をやる。私は、生きたい。
黙って頷いたその瞳があんまり優しくて泣いてしまった。


新たな自由への宣誓


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2023*03*13

診断メーカー・こんなお話いかがですか より
「まだこんな場所があったのか」ではじまり
「黙って頷いたその瞳があんまり優しくて泣いてしまった」で終わるお話

おそらく銀時は松陽先生に出会ったときのことを思い出している。

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