彼は笑顔で手を振って、彼女は涙を堪えて手を振った まだ少し肌寒い今日、私達は海常高校を卒業する。すでにみんなとは別れの挨拶を済ませた。ほんの少し鼻がつーん、と痛んだけれど涙は我慢した。ちゃんと笑顔だったはずだ。そしてこの景色を見るのも最後なんだと思い、一人屋上で黄昏ていた。さぼり場所としてこの場所にはお世話になった。本当に懐かしい。 「納豆ー?」 『あ、涼太。』 「やっぱりここだった。」 『思い出にひたってたんだよ。最後だから。』 「そうっスね。…俺、卒業してから本格的にモデルの活動することになった。」 『ふーん。』 「反応薄っ!頑張れ、とか普通言ってくれるもんじゃないの?」 『私に言われなくても涼太は頑張るでしょ。』 不貞腐れる涼太に仕方なく頑張れと伝えた。すぐさま嬉しそうに笑う涼太に現金な奴だと笑う。涼太がモデルをすると言うんであれば、きっともう会うことはないだろう。きっと涼太は人気モデルになる。そうなれば私にとって雲の上の存在になる。涼太も私のことなんてすぐに忘れてしまう。きっと、全部全部思い出になってしまうんだ。 『ねえ、涼太。私、涼太に言わなきゃいけないことがある。』 「急に何?」 『私、ずっと涼太のことが、』 そのときだった。屋上の入口の扉が開いて可愛らしい女の子がひょっこりと顔を覗かせて涼太の名前を呼んだ。私たちと同い年の、涼太の彼女だった。 言いかけていた言葉を慌てて口の中に閉じこめる。 「もー、先行ってって言ったじゃないっスかー。」 「だって最後なんだから涼太と帰りたかったんだもん。」 「すぐ行くから下駄箱のところで待ってて。」 「ん、りょうかーい。」 扉がゆっくり閉まって涼太の視線が私に戻る。話の腰を折ってごめんと謝られた。私はにっこり笑って大丈夫だと伝える。 「それで、なんだっけ?さっきの話、」 私は静かに首を横に振った。なんでもない、と。恋人がいるこいつに、私は何を言おうとしたんだ。好き、だなんて。だけどきっとこれは伝えない方がいいと、だからあそこで止められたんだ。これは心の奥に留めておくべきなんだ。 『早く行きなよ。彼女、待ってる。』 「うん。それじゃ、」 『涼太、』 「ん?」 『ーーー…今までありがとう。』 私を支えてくれて。ずっと好きだった。 彼は笑顔で手を振って、彼女は涙を堪えて手を振った (ばいばいばい、もう会わないよ。) 2013*02*25 黄瀬は「また会おう」という意味で手を振って、主人公は「もう会うことはないよ」という意味で手を振った、という解釈だったらいい [しおり/戻る] ×
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