犬飼



がたたっと乱暴にデスクの椅子に腰掛ける。丸一日ぶりの私のご飯だったカップ麺は伸びきってカップからはみ出していて、できればもう食べたくない。
…いや、やっぱり勿体ないし腹ペコで死にそうだから食べる…。
あぁもう休みを頂戴よ…と切に願いながら重たい腕でカップ麺を掴んで引き寄せると、こんこんとノックの音とほぼ同時に扉が開いた。それノックの意味ないでしょうよ。

「…あ、居た居た」
「今日の私の業務は終了しました〜」
「えぇ…まだ朝ですけど」
「……犬飼くん、私今日で何徹目だと思う?」
「う〜ん…顔色的に3?」
「ハ〜イ正解」

というわけで寝かせて休ませてエネルギー補給させて。
エンジニア使いの荒いボーダーへの文句はなんとか飲み込みながらラーメンを口にしようとすると、ちょっぴり眉を寄せた犬飼くんにひょいとそれを奪われた。
…私のごはん…。

「疲労困憊の先輩に差し入れ持ってきたんで、伸びきったラーメンよりこっち食べてください。」
「できる後輩を持って私は幸せだよ」

ころりと態度を変えて前のめりになった私に、犬飼くんは苦笑して持っていた紙袋を差し出す。駅前のカフェのロゴが印字されたそれの中には美味しそうなサンドイッチとカフェオレが入っていて、まだ綺麗な形を保つ氷を見るについ先ほど購入してくれたものだとわかる。

「はぁ〜…うま、」
「それは良かった。」

サンドイッチの野菜はみずみずしいし、カフェオレの甘さが疲れた身体に染み渡るし…幸せに浸る私の隣に椅子を引っ張ってきた犬飼くんは、なかなかの至近距離で腰を落ち着けた。

「………近くない?」
「気のせいでしょ」
「食べにくいんだけど」
「そんなことないよ」

背凭れにまたがるように座る彼は、そこで器用に頬杖をつきながらへらりと笑う。この笑顔は引く気がないやつだと判断した私は、少々気まずいながらも全てを完食して両手を合わせた。



「ご馳走さまでした」
「…というわけで先輩に一つお願いがあります」
「はぁ!?」
「差し入れ全部食べきったし聞いてくれるよね?」

きょとんと首を傾げる後輩が憎くて堪らない。最初からこれが目的だったのか…!と拳を握りしめながらもしぶしぶ頷くと、ずずいと椅子を引いてさらに距離を詰めてきた。

「このあと俺とデートしない?」
「………は?」
「もう今日は休みだって聞いたんで」
「いや、だとしたら寝かせてよ」
「寝てても良いよ。近くに居させてくれるなら」
「………何がしたいの?」

眉を寄せた私の顔を見て、犬飼くんは何が楽しいのかくすくすと笑う。そのままゆっくりと手を伸ばして、多分クマがあるだろう私の目元をするりと撫でると、そのまま頬に手を添えた。

「今日誕生日なんでしょ?先輩の特別な1日、少しで良いから俺にちょうだい。」

ゆっくりと近付いてきた顔が少し傾いて、彼がそっと目を伏せるから、調子に乗るなとその綺麗な顔を鷲掴んだ。








お誕生日おめでとう



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