17.剥製の熊と踊る


尾形がnameに口吸いをする。角度を変えて何度も。
「んっ……ふっ。」
唇を割り込んできた舌の、ひだまりとは異なる人の温もりにnameはたまらなく切ない気持ちになり、思わず目を閉じ、しかし自分も舌を差し出して、尾形のそれに絡める。
尾形は目を開けたまま手をnameの頬に添わせる。

やがて二人の顔が離れるころ、nameは息が上がっていた。

「は……っは、ちょっと、尾形、しつこい……。」
「ははぁ、お前も乗ってきてただろ。」口の周りに付いたどちらのものとも知れない唾液を拭いながら尾形が笑う。「行くぞ。」


ふたりは無言で燃えるような緑の山を歩いていた。

「アシリパ……妹も今頃、春の山を堪能しているのかな。」
nameが口を開くと、尾形が無言でこちらを見る。
「妹がいるの。賢くて勇敢で、自慢の妹。今は訳あって離れて行動しているのだけど、刺青人皮を追っていればそのうち会えるって信じてる。」
「きょうだいか。俺には弟がいたな。」
「弟さん?」
「ああ、二〇三高地で死んだ。」

その目の奥に昏いものを感じ、nameは目を惹きつけられた。
お互い、喪ったものがある。その埋め草にはならないけれど、すこしでも傷を癒す手助けができたら……。


ふと辺りを見渡すと数軒の家があり、山をぐるっと回って夕張の町外れに戻ってきたことに気づく。

「……頃合いかな、降りて牛山先生のところに戻ろうか。」
とnameが言う。
「気晴らしになったかい、アイヌのお嬢さん。」
「だからお嬢さんじゃないってば。」
笑いながら山を降りようとするnameを、しかし、何かに気づいた尾形が、ふっと緊張感を漂わせ、制する。

「ちょっと待て。」

nameはそれに敏感に反応し、さっと木陰に身を隠すと、どうしたの?と、目で尾形に問いかける。

「あの家から軍人が出てきた。」

nameにはよく見えなかったが、尾形の鋭い視力がその姿を捉えた。

「知ってる人?」「月島軍曹、鶴見中尉の腹心だ。」

思わぬところに手がかりがあったものである。
二人は銭湯へ行く用意で家から出ていった月島を見送り、双眼鏡で尾形が表札を確認する。
「『江渡貝剥製所』。なるほど、刺青人皮に関係している可能性は大いにあるな。」
「ゆっくり近づきますかね。」nameが言うと、尾形も同意する。


身を隠しながら近づくと、家の中に兵士がいるのが見える。と、尾形が白樺の幹に銃剣を突き立てた。ここから狙撃する、と言うと、銃声が響き、部屋の中の兵士が倒れる。

「兵士は多くても二人だろ。もう身を隠す必要はねえな。」
ザクザクと笹を踏み分けて「江渡貝剥製所」に近づいていく尾形を、nameが追う。

「月島は長風呂だからしばらく戻ってこない。ここで何を企んでいるのか、剥製屋に吐かせる余裕はあるだろう。」尾形は拳銃を手にする。

「へえ、接近戦の準備もしているのね。」

尾形の拳銃を見たことがなかったnameが言うと、

「変なところに感心してんじゃねえよ、遠距離射撃だけが能じゃねえ。」

尾形が洋式の家の玄関を蹴り開けると、廊下と二階へ続く階段がある、

無言で、尾形は一階を、nameは二階を探索すると決め、nameは二階へと上がっていった。


突如、階下で戦闘音が始まった。知らない男、おそらくは戻ってきた月島軍曹の怒声。そして銃声。

二階には誰もいなさそうだと判断したnameは、足音を忍ばせて階段を駆け下りた。
なにを言っているのかわからなかった怒声が、一階に降りると明瞭に聞こえてくる。
nameはとりあえず階段の陰に身をひそめて、尾形に不利な形勢ならばすぐに飛び出せるよう、山刀を抜き放つ。

「第七師団長であった父君をこえたいがために仲間を売るのだッ!」
どうやら二人は一階の奥の部屋にいるようだ。

「(尾形が第七師団長の?谷垣が花沢中将は自刃したと言っていたけど……苗字が違う、複雑なご家庭なのかしらね。)」

まあ、複雑すぎる性格の尾形の家庭が複雑でないとはなかなか考えづらい。

今度は尾形の小銃の音がして、nameの意識は再び緊張に引き戻される。

「江渡貝ッ生きてるか!?」

また先ほどの男の声だ。どうやらこの家の主は留守か逃げたかしたらしい。

そろそろと奥の部屋に向かい始めたnameと、当の奥の部屋から出てきた月島が出会い頭にぶつかる。

「わっ!」nameは尻餅をついてしまうが、月島は気にせず、そのまま家を出てどこかへ走り去っていった。

「イタタ……。」
倒れ込んだnameがテーブルの陰から出てきた尾形が助け起こす。


また別の男の声が玄関先から聞こえてきた。

「いま出て行った兵士はほっといていいの?」
「この家が気になる。」

千客万来、白石と杉元だ。




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