13.ご挨拶は今更で

茨戸で尾形を加えた土方一行は、小樽の隠れ家に戻ってきていた。

そこで改めて全員が顔合わせをする。刺青人皮を持つ牛山、家永ときて、nameが名乗ろうと口を開くと、nameの隣で火鉢を抱え込んだ尾形が口を挿む。

「name。また会えたな。」
「わたしの名前、覚えておいででしたか。」
「三度目だから。会うたびに喧嘩売られたり買われたりされてるが、年頃の娘が血の気多いんじゃないか、長生きできねえぞ。」

「……喧嘩の売り買いも三度目なんですが、わたし、年頃という歳じゃありませんよ。今年で三十路になりました。」
尾形の目が見開かれた。こころなしか瞳孔も細くなっているように見える。
「(猫かな……?)」とnameは思う。猫はまあ、好きだ。

とりあえず、
「わたしの勝ちですね。」
nameが言うと、尾形はあきれたようにため息をついた。

「……変人と年齢不詳とジジイとチンピラ集めて、蝦夷共和国の夢をもう一度か?一発は不意打ちでブン殴れるかもしれんが、政府相手に戦い続けられる見通しはあるのかい?」

尾形は髪の毛を撫でつけ、それだけが目的ではないだろう、と土方に問いかける。
土方は縁側で読んでいた新聞から目をあげ、不敵に笑った。


「『のっぺらぼう』は、アイヌなんだろ?」と尾形が言う。


「鶴見中尉はそこまで掴んでいたか。」
と言ったのは永倉。

尾形は鶴見が持っている情報を続ける。

「たしかにアイヌの文化では、亡くなった人の身の回りの品に傷をつけ、この世での役目を終わらせるしるしとします。」
nameが補足する。
「アイヌたちの遺体をバラバラに損壊したのっぺらぼう自身がその傷をつけたなら、懺悔のような……違和感を感じます。」


土方は続けて尾形が呈した疑問に答えるかたちで、こう言った。。

「おそらくのっぺらぼうは、アイヌに成りすました極東ロシアのパルチザンだ。」


「(たしか、アシリパの父……ウイルクさんは、樺太から渡ってきたと言っていた。キロランケニシパが言っていたようにウイルクさんがのっぺらぼうならば、遺品に傷を入れる行為にも納得がいく。)」

しかしnameは、自分の内心を誰にも語るつもりはなかった。自分はあくまでもアシリパの役に立ちたいからここにいるのであって、だからこそ、土方の面接でも「金塊については何も知らない」と述べたのである。土方もnameにすべての情報を共有するとは言っていないし、逆にnameがそうしているとも思っていないだろう。
「(狐と狸の化かし合いね。慎重にならなきゃ。)」

しかしまあ、土方と尾形の丁々発止のやり取りには目を見張るものがある。お互いその場に最適な手札を慎重かつ大胆に出し合っているのだ。

「(それにしても、キロランケニシパがパルチザンだなんて、辻褄は合うけれどにわかには信じがたい……。)」

「難しい顔をして、どうした、name。」
土方がおもしろそうな顔をしてnameを見遣る。

「……いえ、金塊争奪戦の発端がアイヌの仲間内ではなくロシアにあったことに、驚いてしまって。」nameは慎重に返す。

「どうだかな、金塊を集めたアイヌの女が知っていることをすべて話しているわけないだろ。」
尾形が引っ掻き回す。

「誰もがすべての手札を明かしているとは限らん。」と土方が尾形や隣に座るnameを見ながら言う。
「疑ってもしょうがなかろう。」

「まあな。」と、尾形もひとまずは矛を収めた。


「わたし、食器を片付けてきますね。」
nameは食事の介助を終えた牛山から器を受け取ると、台所へと立った。と思うと、尾形も火鉢から離れて付いてくる。

食事を作るのは牛山と、脚の怪我が回復してからはnameの当番制だが、尾形に料理ができるならぜひ加わってほしい。

「尾形さん、軍にいたなら簡単な料理くらいはできますよね。さっそく今日から手伝ってもらえますか。」

「……その話し方、止めねえか。」
尾形が気怠そうに言う。
「話し方?」
「同世代にしちゃ他人行儀だろ、三度も会ってるってえのに。」
「いや、最初の一度はほぼ意識不明で、残りの二度は敵対していたじゃないですか。あと同世代って言ったって、尾形さんのほうがいくつか年下でしょう。」
nameがツッコミを入れると、尾形は黙ってこちらを見つめてくる。

「……ああわかったわかった、敬語はやめる。尾形さんこれでいい?」
「さん、も要らねえ。尾形百之助、覚えたか?言ってみな。」
「おがた、ひゃくのすけ?」
「そうだ。こう書く。」
尾形はnameの手を取り、『尾形百之助』と指で書く。
「尾形……百を助ける……百之助。覚えたよ。いい名前ね。」
nameが言うと、尾形は満足そうにうなずいて、部屋に戻っていった。

「……いや、料理当番。」
話し方云々に拘るより、人の話を聴いてほしいと思うnameであった。




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