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自転車に乗せられ家の前まで送ってもらった俺は、心配そうなハルに「大丈夫!」とVサインを送り、一人扉を開けて入って行った。
キッチンに入って「ただいま」と声をかけると、振り返った母さんは当然のことながら驚いていた。
「どうしたの?具合でも悪い?」
「ううん、そうじゃないんだ。・・・ごめん母さん、キッチン貸してくれる?」
母さんはぱちぱちと瞬きをして俺を見ていたが、やがて向かいの食器棚を開けると、ハート型を取り出し俺に手渡した。
「朝、ハルちゃんが持って来てくれたのよ」
そう言うとエプロンを外し、階段から二階に向かってチビ二人を呼んだ。
「母さん、ランボちゃんとイーピンちゃんを連れてデパートまで行って来るわ」
突然そそくさと外出の支度をし始めると、五分もたたないうちに、着膨れた二人を連れて玄関で靴を履いていた。
「手はきちんと洗うのよ」
笑顔でそう言うと、わいわいと騒ぐチビたちの相手をしながら、後ろ手にドアを閉めた。

ぱたん。

・・・母さんって、凄いとは思っていたけど、やっぱ凄い。いろいろと。


気を取り直してキッチンに向かい、母さんの言う通り手を洗って材料を準備する。
幸い、失敗用に多めに買っておいたので、一つや二つ作るには充分だ。
一週間みっちり、ハルに仕込まれた手順どおり作業を進めていく。
さすがに始めの頃から比べたら、見違えるように手際が良くなっている。
型に流し込んだチョコは表面も綺麗だったし、ちゃんと型の中に納まってくれていた。
小さな鉄板ごとアイスノンの上に載せて粗熱を取り、冷蔵庫で冷やし固めている間にキッチンを片付ける。
こんなのも、ハルがやっていたことだ。
やがて固まったチョコの上にチョコペンで「大好き」を書いて・・・完成した。

完成してやっと我に返ったような感じだ。必死過ぎて、意識がどこかに飛んでいたのかもしれない。
大きく息を吐き、余った箱やラッピング用品を見つけようと、材料の入った袋をがさがさ探っていると。
「なんだ、思ってたより早くできたな」
「うわ、リボーン!!」
突然かけられた声に仰け反ってしまった。まったく、いつから居たんだよ・・・。
当の本人はと言えば飄々とした様子で、出来上がったばかりのチョコをじっと見つめているだけ・・・。
「・・・なんだよ、何見てんだよ」
「ツナ、お前、犬好きか?」
「は?」
訳がわからず眉を寄せると、リボーンは黙ってチョコを指差した。
つられて後ろから覗き込むと・・・

「大好き」ではなくて「犬好き」。

声も出せずただチョコを見つめるだけの俺のおでこに、「ちっ」と言う舌打ちの音とともに突然でこピンが振ってきた。
「な、何す・・・」
「ダメツナが」
憮然とした声音を聴いた途端、それまで呆けているだけだった俺をじわじわと焦りが蝕み始めた。
「ど・・・どうしよう、もう一つ作ってる時間なんてない・・・」
完全に涙声の俺に、リボーンはもう一度「ダメツナが」と呟くと、その場を離れ食器棚からスプーンを一本持ち出してきた。
そしてチョコに触れ表面が乾いていることを確認すると、スプーンでその表面を削り始めた。
「ほれ」
「・・・あ」
やがて手の動きを止め、顎で示したそのチョコからは、「犬」の点が綺麗に消えていた。

「大好き」になった・・・。

「りぼおん〜」
思わず抱きついて頬ずりをすると、リボーンは嫌そうな顔をして俺の身体を引きはがした。
「莫迦ツナ。早く行ってこい」

リボーン、そんなこと言ったって。
耳が赤いの、見えてるよ。


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