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「先ほど、隣町のグループがバイクで校庭内に進入して来ようとしましたが・・・」
朝からイラついていた僕は、草壁の報告で顔を上げた。
まったく、この男は飄々としていて読めない・・・。
昼頃から、校舎内に沢田の姿が見えなくなった。
2-Aの生徒たちに聞いても、真っ青な顔で知らないと首を振るばかりである。
あの野球少年にいたっては、
「え、ヒバリも知らねえの?やっぱりあんたら、喧嘩してたんだ〜。道理でツナのやつ、朝から変だと思った!」
と楽しそうに話し出す。
余計に頭にきて咬み殺そうかと思ったが、それでは奴の言う事を肯定することになってしまうので、拳を握り締めて我慢した。
喧嘩をした覚えなどない。
と言うか、今朝の沢田は喧嘩をする余裕もないほど落ち込んでいた。
応接室に戻って、草壁に沢田がいないことを告げると、彼は「さあ」とそっけなく返すだけだった。
「では、探して参ります」と言わないところを見ると、草壁は何かを知っている。
僕のいらつきを感じていながら涼しい顔をしている草壁を、こんなに小憎らしく思ったことは未だかつてない。
それでも、僕の方もそ知らぬ顔をしながら手にした報告書に視線を落とし、仕事モードに切り替える。
「このグループって、一週間前に僕が咬み殺した奴ら?」
「はい」
バイクにやたら「愛羅武勇」の文字を刻み込んでいた集団を、咬み殺したのは記憶に新しい。
鮮明に覚えているのは、奴らがあまりにも弱かったからだ。
「あの時よりも多勢で報復に来たらしいですが、校門をくぐる前に風紀委員たちで片付けました」
報告書によれば、所要時間は五分。
・・・人員が増えればよいと言うわけではないのに。
僕は頭を抑えて溜息をついた。
まったく、ただでさえイライラしていると言うのに。
「馬鹿な人間は嫌いだ」
嫌悪感と共に言い放つと。
かたん
扉の外から小さな音が聞こえ、はっとしてそちらを見やった。
扉の外の気配は、そのまま小さな足音と共に走りさっていく。
嫌な予感に椅子を蹴って立ち上がり扉を開けると、
そこには甘いチョコレートの匂いと、
同じく甘い、愛しい子の気配だけが残されていた。
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