■十月十五日


昨日は結局何も言えないままだったが(ついでに言うと何も訊き出せないままだ。彼は意外と口が堅い)、今日こそは告白をすると心に決めていた。
夕べ沢田の部屋を出る前に、今日の約束は取り付けてあった。一日遅れではあるが、二人で誕生日を祝うつもりである。
今日の午後一時、沢田家。
急な約束であったため、食事の時間は外しておいた。

僕は午前中のうちに彼へのプレゼントを買いに町へ出た。
昨日から考えてはいたが、沢田の欲しい物はさっぱり分からなかった。
僕への誕生日プレゼントがひよこのストラップであったため、彼自身ああいう可愛いものが好きなのだろうと勝手に考え、小物の置いてある店の戸を開けた。
入ってはみたものの・・・正直、自分が場違いなことに気が付いた。
これが沢田であれば、違和感はないのだろう。
今日は学ランでなくてよかったと心底思いながら、こちらをちらちらと窺い見る女子に交じって、商品を物色して行った。
ふと上を見ると、最上棚に乗っていたウサギのぬいぐるみが目に留まった。高さ五十センチ程のそれは、僕の方に顔を向けてへにゃりと笑っていた。
その目のたれ具合が沢田にそっくりだったため、中学生男子にウサギのぬいぐるみと言う不自然さは忘れ、迷わず会計に持って行く。
ラッピングは、と問われ一瞬迷ったが(普段買ったものを包装してもらうことなどない。レジ袋でさえ使った例がない)、沢田の家までウサギを抱えていく自分を想像するとぞっとしたので、一番シンプルなラッピングを選び、頼んだ。

プレゼントの包みを抱えて沢田の家へと向かう途中、僕は貴金属店の前で足を止めた。しばらくショウウィンドウをじっと見つめた後、横の自動ドアの前に立ち、その初めての店に入った。
店内にはブレスレットやネックレス、また身に付ける装飾品以外のものまで並んでいたが、僕は真っ直ぐに指輪のケースに近づき、ガラス越しにその陳列を穴の開くほど見つめた。
「指輪をお探しですか?」
後ろから女性店員が声をかけた。
「彼女への贈り物かしら。ここのケースはちょっと高価なものばかりなのだけれど・・・ご予算は、どれくらいですか?」
僕は振り返らず、ガラスケースを見つめたまま答えた。
「給料の三か月分」
「・・・は?」

数分後、指輪の箱を手に店を出た。
沢田の指のサイズ(指にサイズがあるなんて初めて知った)が分からなかったが、後から直すことも出来ると聞き、自分の左手の薬指よりもワンサイズ小さいものを購入した。
カードを持っていないので現金で払うと、店員が驚いたような顔をした。

途中で食事を済ませ一時ちょうどに沢田の家にチャイムを押した。
沢田と母親が笑顔で出迎えてくれ中に入れば、奥の方から子供たちの叫び声が聞こえた。
「ごめんなさいね、うるさくて。よかったらリビングじゃなくて、ツっくんの部屋にお茶を持っていくけど・・・」
「お願いします」
にっこりと笑顔で答える。
僕にとっては好都合だ。さすがに家族の前で告白は躊躇われる。
「最近涼しくなって来たから、ココアでも入れましょうか。雲雀君はココア好き?」
「はい。ありがとうございます」
普段使わない敬語でそう答え、沢田に連れられて二階の彼の部屋に上がった。程なくして母親がトレイにカップを二つ乗せて運んで来た。
彼女が出て行くと、沢田はカップを手に持ち僕に笑いかけた。
「俺ココア大好きなんです。そう言えば前に、雲雀さんが入れてくれた事ありましたよねー」
「うん。あの時の君、微妙な顔してたけどね」
嬉しそうにココアを飲み始める彼を前に、僕もカップを持ち口を付け・・・そのままぴたりと動きを止めた。
「・・・・・・これ、は?」
「?ココアですけど?」
「・・・そうだよね・・・」
幸せそうな顔の沢田をちらと盗み見ながら、どこか釈然としない思いを抱えて僕はもう一度その甘ったるい飲み物を口に含んだ。
「ああそうだ。これ・・・」ふと自分の横に置いたプレゼントに気付き、彼の方に差し出した。
「ありがとうございます!開けてもいいですか?」
僕が頷くとがさがさと包装紙を外し始めた。やがて中身が見えてくると、沢田はその手を止めてまじまじとぬいぐるみのウサギの顔を見つめた。
やはり中学生男子にこれは選択ミスだったのかと焦り始めた僕に、沢田はボソッと呟いた。
「・・・これ、ヒバリさんが自分で買いに行ったんですか?」
「・・・」
沢田が今何を想像しているのかが分かってしまい、照れ隠しに仏頂面を見せる。
「・・・君に似てたんだよ」
口を尖らせて言い訳をすると、暫くウサギの顔を見つめていた彼は顔を上げ、それとそっくりな顔でへにゃりと嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます・・・」
その今にも蕩けそうな笑顔があまりにも可愛くて、僕は思わず息を呑んだ。
「沢田」
堪らなくキスしたくなって唇を近づけると、彼も同じ気持ちだったのか何も言わずに瞼を閉じた。
啄ばむようなキスの後舌を差し入れ彼の舌を誘い出すと、沢田もおずおずと答え始める。
互いの息が荒くなり始めた頃唇を離して見つめれば、沢田は頬を染め、とろんとした目で見つめ返してきた。
どきどきと、心拍数が上がり始める。

今がチャンスかもしれない。

「沢田・・・僕が、好きなのは」
「ガハハハハ〜!!ランボさん登場だもんね〜!!」

・・・またか!!

突進して来る餓鬼を睨みつけると一瞬怯んで足を止めたが、勢いを殺せずそのまま前につんのめった。と。

ぼわん

またしても見覚えのある白煙が立ち込め、それが晴れれば目の前は戦場・・・ではなく、
ふわふわとした茶色い髪の、綺麗な男が座っていた。
「沢田・・・?」
間違いはない。ずいぶん大人びて綺麗になってはいるが、彼だ。
「ヒバリさん・・・ちっちゃ〜い!」
ふわりと笑って投げかけられた言葉に、むっとする。
確かにこの彼は今の僕よりも成長しているが、中学生だろうが十年後だろうが沢田には決して言われたくない台詞だ。
僕の不機嫌を察し、とっさに口元に当てられた彼の手を見て、はっとした。
左手の薬指にはめられた指輪には、見覚えがある。そう、正にこれから、他でもない僕が渡そうとしているものだ。
「それ、はめてくれてるんだ」
その意味を察して、目を細める。
十年後の沢田も微笑み返してくれて・・・途端に二度目の白煙が立ち上り、目の前の沢田は幼くなった。
「沢田」
我慢できずにその小さな身体をぎゅうぎゅうと抱きしめ、顔中にキスの雨を降らせた。
最初驚いていた彼も懸命にそれを受け入れ、僕の背に腕を回し・・・首根っこを掴んでばりっと身体を引き剥がした。
一瞬何が起きたのか分からずお互いきょとんとして見詰め合う。
「お前・・・人が留守にしているのをいいことに・・・」
背後に立ち込めるどす黒いオーラに振り向けば、そこには沢田の父親が、僕の首根っこを掴んだまま目を吊り上げていた。

そしてお決まりの追いかけっこが始まってしまい、結局僕は今日も告白のチャンスを逃してしまったのであった・・・。





追記
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