樹海に沈んだエデン


 遺跡ハンターだった父には夢があった。野望があった。それは父にとって何にも代えられないほど大事なものだったのだろうと今なら分かる。しかし長い間家族を放っておいた報いのように母が病死した。それから父は小さかった私を仕事に連れて行くようになり、私は色んな物を見るようになった。様々な人種、奇怪な現象、生き物、力、世界はこんなにも色で満ち溢れているのかと感銘を受けたのだ。

『私からしたら白黒の映画もお前には色づいて見えるんだろう。人と違う事を恐れるな、それはお前の個性だ。お前がココで見て、感じた事を信じろ』

 そう言って父はよく私の額を小突いていたが、若かった私にはあまりよく理解できていなかった。しかしそれで良かったのかもしれない、頭で理解してしまえばそれは偏った思考になってしまう、何も考えず直感で判断するだけでよかったのだ。だがそう思えば思うほど難しく考えてしまう年頃だったのだろう。

 父はルルカ遺跡を発掘するとすぐに死んでしまった。親の死を経験するのは二度目だったが、その悲しみは同じようにやってくる。逃れられない呪縛のようにも感じた。父は家族を持つべき人間ではなかったのだろうとまで考えた。父が心を輝かせその魂の原動力になるものはいつだって家族からかけ離れた所にあったからだ。唯一喜ばしかったことはきっと父は悔いなく死んだと思えることだった。

 私はたった一人、置き去りにされたように感じた。途端に白黒でしか視野が見えなくなった、安いガムのように味気なく吸い殻を捨てた罪悪感のような世界に溺れて、自分を見失い、様々な情報に支配され、自分には何もできないと決めつけ、周りと違うことを恐れるようになった。

『お前だろ、ルルカ原石の違いに気づいたガキってのは』

  しかし朝霧のようにぼやけた視界に誰かが浮かび上がってきた。ずっと俯いていた身体の背骨を突き動かそうと何かが流れ込んでくる。浮浪者のような格好をした男だった。確か父が所属していた発掘メンバーを率いていた、飛び抜けて若くエネルギーに満ち溢れていたからよく覚えている。

『お前いいもん持ってんじゃねえか』

 男は父と同じように私の額を小突いた。無意識ながら体が少し後ろによろめいたのは圧倒的な男と活力の違いに困惑したのだ。男はこちらの戸惑いになど目も暮れずぐっと顔を近づける。白目の割合が多い瞳の奥でいくつもの星が輝いている気がした。男の中に宇宙があるのではと勘違いするほど彼は可能性で満ち溢れていたのだと沈んだ私の感性でも痛いぐらいに理解できた。

『磨かれた宝石はそりゃ綺麗だろうよ、だが荒削りで不恰好な物でもそこには良さがある。それは自分の価値をちゃんとわかってて表現の仕方を知っているからだ。お前は人と違うモノを持ってる、才能ってやつだ。比べたりするもんじゃねえ、誰にもないものを持ってるってのはそういうことだろ』

 その力強い双眸に目眩に似た恍惚感が訪れる。男は強引に腕を引っ張って後ろを歩かせた。自分が見ている景色を見てみろと言っているようで自然に顔が上がる。生命力の塊のような男だった。瞳を閉じていても彼の光が瞼の裏にぼんやりと浮かび上がってくる。光に集る蠅のように彼の強烈な個性に惹きつけられ照らされたいと願う。ジンは私にとって色付いた世界そのものだった。



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -