太陽が落ちる時


「ジンの嘘つき、裏切り者、甲斐性なし」

 何度も彼を罵ってもジンの瞳だけはいつも真実を映していた。星が弾けるような煌めきを瞳に浮かべながら自らの夢を追い求める。それが気に食わなかったのは、その夢に自分の存在など到底叶わぬと分かっていたからだ。身体中を小さな蛇が這ってまとわりついているような気持ち悪さだった。四六時中彼のことを考えては私が悪かったのだと自己険悪に陥りベットの上で最悪の1日を過ごす。沈んでいたかと思えば次の日には彼に会いたくて胸の奥が切なく疼くのだ。私に優しく触れてくれた夜を思い出しては麻薬のような感情がじわりじわりと頭を狂わせる。

「愛してなんてないくせに」

 もう彼を追い求めるのはやめようと思った。哀れで醜い女は私だ。しかし見計らったようにジンは「俺を探せ」と言った。

「それって最終試験?私、ハンターにはならないし弟子になったつもりもないけど」
「ごちゃごちゃ言うな」
「……見つけたら、ジンはずっと一緒にいてくれる?」

 答えなど、わかっていたのに。いつものように自信に満ち溢れた顔で笑っていたジンは一瞬動きを止めた。芯のある強い瞳のさらに向こう側で胸の内を睨まれているようで、心臓が大きく脈打つ。彼が紡ぐ言葉の先を知っている、だから怖くて、痛くて胸がはち切れそうなのだ。地面に縫い付けられた両足が震えているかもしれない、上から照つく日差しのせいか頭が熱くなってきた。視界がぼんやりとしてきて、周りの音もうまく拾えなくなる。そしてまたあの蛇が身体中を這いまわるような感覚が押し寄せる。蛇は身体の中心に向かいちょうど臍の緒の辺りに噛み付いた。途端に体の力が抜け人形のように倒れていく体をジンは支える。彼の片手には私がさっきまで持っていたはずの宝物が握られていた。私が見つけたルルカ原石を父が加工してくれたネックレスだ。

「俺が預かる」

 だから取りに来いとでも言っているのか。やはり虚しくてならなかった。遠のく意識と共に感情が切り離されていく。

 翌日病室のベットの上で目が覚めた。頭を動かしてみればベットサイドの椅子で見慣れた長髪の男が腕を組みながら眠っている。きっとジンはもうここにいないだろう。ベットを取り囲んでいたカーテンが揺れて医者が顔を出すと不穏な空気を纏っている事がすぐにわかる。

「残念ですが……」

 医者は眉を下げて言葉を続けようとしたが私はそれを許さなかった。その言葉だけで十分であったからだ。「ナマエ、目が覚めたのか?」と隣のカイトがゆっくりと体を起こしたのに気づいた医者は頭を下げてから病室を出て行った。

「ジンさんがお前をここへ運んだらしいが、どこか悪かったのか?」
「ううん。ただの貧血だよ、心配かけてごめん」
「全く、どうせまた朝食を抜いたんだろう」

 呆れた顔でカイトは息を吐き出したが、私はいつものように笑う事ができなかった。顔周りの筋肉が硬直してしまったようにピクリとも動かない。代わりに片目からぽろっと氷砂糖が転げ落ちるみたいに涙が落ちていってシーツを濡らした。涙が頬を濡らしているのに、全然悲しくなんてない。何が悲しいのかも、わからない。ただ誰一人にも打ち明けなかった腹に宿っていた小さな命の存在。知らぬ間に私は殺してしまったのだという事実だけが胸に突き刺さっている。あまりにも急で、あまりにも早い別れに母としての心さえも抱けなかった。いや、私に抱くことなどできないのかもしれない。

「私はジンを繋ぎ止めようとしたのかもしれない。最低だよね」

 喉の奥から絞り出した掠れ声はひどく弱くて、不安定だった。カイトは私を見つめながら眉を顰めていたが、不意に私の手を力強く握る。

「…お前ならすぐ見つけられるだろう」
「いいの、放棄する。もう追いかけない」

 私の言葉にカイトは何か言いたげに唇を開いたが何も言わずに私を引き寄せた。硬い胸板に頭を預けて瞳を閉じてみれば心臓が脈打つ音が響いている。カイトの手が頬を濡らす涙を拭い、背中を優しく叩く。本当の兄のように優しい男だ。

 ジンはカイトとは全然違う。素直じゃなくて、ひどく不器用だ。しかし誰にも劣らない才能と強さがあった。そんな男を繋ぎ止めるために、あの子を利用しようとしたのだろうか。結局彼を繋ぎ止めて置けるものなど存在しないのに。私はあの子に同情していたのだ、きっと自分と同じ思いをするだろうと。帰らぬ父親を待つことになるだろうと。矛盾している。何もかも、矛盾している。しかしそれは大きな間違いだったと気づくのは何年も後だ。側に居てくれたカイトを投げやりにして、イルミを傷つけた。私はそろそろ自分の足で立たなければならない。



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