矛先に塗りつけた毒


 搾りたてのオレンジジュースを飲んでもすぐに口の中がカラカラになる。何かを食べてもまるで味がしないように感じる。こちらの内心など気にもせずに目前の男は「このヨーグルトうまいな」と驚いたような顔をしている。ああ、それはオーナー特性の自家製ヨーグルトですよなんて他愛もない会話ができるはずもない。

「安心していい。もうルルカ原石に興味はない」
「…は?ルルカ原石?」
「本物を持っているだろ」
「前は持ってたけど今はない…って違う!なんでルルカ原石の話に……ま、まさか幻影旅団?!」
「なんだ、知らずに警戒してたのか」

 そりゃベンズナイフを投げられたら警戒するだろうよ。この男と幻影旅団の男、どこか同じ胸騒ぎを感じていたのは同一人物だったからだ。そういえば同じピアスをしている、こんなに印象的で目立つ物、どうして早く気がつかなかったのだろうか。それにあの額の十字架を隠すために包帯を巻いていたのか。

「そんな顔してるとせっかくの美人が台無しだぞ」
「……うるさい」

 自分が今どんな顔をしていたのは分からないが非常に胸糞が悪い。こんな状況になるまで気がつかなかった自分への苛立ちと男の軽はずみな言動のせいだ。

「いくら口説いても決して靡かないし、隙がない。随分と可愛くないんだな」
「ああ、そうですか」

 深みを増した声、影の色が濃くなったような男は面白いものを見るような目で淡々と失礼なことを言ってのけた。じゃあ何でわざわざ近づいてくるんだよ、とイラつく心を押さえて男の目的を考える。金なんてそれほど持ってないし、私の能力?人脈?とにかく一刻も早くここから逃げ出したい。

「どうしたら笑ってくれるんだ?教えてくれよ」
「…どうして貴方の前で笑わないといけないのか教えてよ」
「お前の笑顔を見たことがある」

 ピクリと片眉が動いて、目を眇めた。妙な言い方だ。

「正確には俺に向けられた笑顔じゃないが。お前ヒソカの女だっただろ」

 口に含んだコーヒーを思わず吐き出してしまいそうだった。咽せる口元を手で覆えば嫌な記憶が頭に流れ込んでくる。本当に嫌な記憶だ。昔に付き合っていた男、ヒソカは強かったが気持ちの悪い男だった。すぐに関係はダメになったのが不幸中の幸いだ、もう二度と関わりたくない男である。それより何でこの男は私情を知っているんだ。隠せない不信感が顔に漏れていたのか、男は少し笑った。

「ヒソカの周辺を調べていたら偶然お前が隣にいただけだ、あの時は素直で可愛げがあったような気がしていたがまるで別人だな」
「うるさいな。人って変わるんだよ」
「何があったんだ?確かに男運のなさそうな顔をしてるよな」

 この男の顔を殴ってテーブルに押し付けてやりたいと凶暴的な感情を抱くのは久々だった。心の奥を揺さぶろうとしてくるのがよくわかる。痛い思いをした自分の過去を掘り出したくはないのに。みるみるうちに顔色を変えた私に男は薄笑いを浮かべていた。切長で大きな黒い瞳には確かな透徹な光が見えてまた背筋がゾッとしたのだ。

「クロロだ、仲間からは団長と呼ばれている。よろしくナマエ」

 そういえば男の名前すら知らなかったし私も名乗ったことはないはずだった。当然のように紡がれた自身の名前が鼓膜に滲んでいけば何かが胸の奥に浮かび上がってくる。それもまた不愉快さを底上げするのに変わりはない。



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