凶暴な渇きと共に




「今日は二年生の近接戦闘の相手をしろと言われたんですが、まあとりあえず私を殺すつもりで来てください」
「殺すつもりできてください、ってあんたただの補助監督だろ?大怪我するぞ」

 高専二年生三人組の前に立っている女は最近海外から帰ってきたばかりの補助監督。三人から見れば戦闘経験も無さそうな一般人と同じだった。五条悟から「いい勉強になるから戦ってみな」と言われて三人はここにいる訳だが、見たところ体も細く、陽の光に晒されたことのないような真っ白な肌は貧弱そうに見える。おまけに戦意削がれるような微笑みを浮かべている。

「でも悟が推すぐらいだから大丈夫なんじゃないか」
「しゃけしゃけ」
「…ならとりあえず私から行くぞ」

 真希は薙刀を構えたが、ナマエは少し顔を傾けるとにこやかに笑う。「三人でかかってきてください」と優しく言い放ったのだ。

「はあ?!」
「すげー自信」
「ツナマヨ……」
「ああ、武器はいくらでも使っていいですからね」

 調子に乗りすぎやしないか、ただの補助監督のくせに。よりによって近接で二年全員に対して一人で立ち向かおうとするなんて無謀。にこやかな表情を変えないままの女に真希は薙刀を握った手を強めて地面を蹴った。

 ――なんで、当たらない?!

 しかし真希の突きを綺麗に彼女は交わしていく。その表情は余裕そのもので真希の平常心を乱していくばかりだった。見かねたパンダと棘も加わって彼女に攻めかかるが数が増えようと彼女の表情は変わらない。後ろから飛びかかっても、横から蹴りを入れても、前から突きの嵐を浴びせようとも、絶対に当たらない。三人で攻撃しているはずなのに当たらない。

「おいお前!それ呪術だろ!」
「私は呪術使えないんだよ。当たらないのは貴方達が遅いだけ。集中力も全然ないし……」

 ナマエは取り繕ったような顔をやっと崩したかと思うとそこにはため息を押し殺すような表情が滲んでいた。真希の中でピキッと何かが切れる音がして屈辱感という感情で薙刀を握っていた手が震える。この野郎!と真希が唇を噛んだ時、ナマエはふっと息を吐き出して薄い笑顔を浮かべて一歩踏み出した。その姿が二人、いや三人、四人と増えていき、残像のようなものが視界を支配する。それは三人を惑わし、動揺を強めていく。映画のエフェクトを永遠と繰り返して見ているように気持ちが悪い、意味がわからない、呪術を使っていないというのにどうしてこんなことができるのか。この女は一体何者なのかと考えている隙もなく最初に地面に崩れ落ちたのは棘だった。次にパンダ。叫び声一つあげることなく崩れていった二人は気絶しているのか、ピクリとも動かない。

 ――一体どうなってやがる…?!
 
 ソレは確実に自分の元に訪れる。音もなく、吐息を吹きかけられるように。集中しろ、落ち着け、と自分に言い聞かせて真希は息を大きく吸い込んだが、ソレを予知することは不可能だった。「これは肢曲、ただの残像だよ」と背後からため息混じりの声が聞こえた刹那、体の力は抜け、目の前が暗くなった。

 ***

「あらら、気絶させちゃったら訓練にならないよ」
「全然だめ、近接する気にもなれない」
「まあ、そう言わずに付き合ってやってよ」

 木陰に三人を運んで一息ついた時、後ろから手を振りながら五条さんが近づいてきた。どうせ最初から見ていたんだろう。この男が二年生の相手をしてくれればなんでも言うこと聞くというから今日この場所に来ていたが、相手をする気にもなれなかった。

「これじゃあ約束はなしだよ?」
「いいです別に、奴隷になってもらうのは諦めました」
「僕のこと奴隷にするつもりだったんだ、あー怖い怖い」

 わざとらしく自分で肩を抱いた男に冷ややかな目線を送りながら「じゃあ仕事に戻ります」と背を向けたが、後ろから軽薄を上乗せした声が聞こえた。

「僕の相手してよ」

 薄く笑いながら「ああ、近接の話ね?もちろん術式は使わないからさ」と手をヒラヒラさせているのに血管の一つが疼いた。術式を使わないなら好都合。遂にこの男のニヤケ面をぶん殴る時がきた、と高揚感が湧き上がる。自然に口元が緩んで、信じられないほどワクワクしたのだ。高鳴る鼓動で震えた唇をゆったりと動かした。

「いいよ、サシで闘ろう」



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -