青に喰われた僕の鼓動




 
 高専に戻った時には砂利を踏む音が目立つほど静寂な夜だった。しかしお互いの顔がはっきり見えるほど暗闇にしては明るい。夜空を見上げれば鎌のような下弦の月が浮かんでいたが、それを背景として屋根に立っている人の姿があった。

「あれ誰?」
「ああ、多分一個下の後輩だよ。硝子の喫煙仲間だったと思うけど」
「後輩?イキってんのかよ」

 確かに高専の制服を着ているように見えるが、あんな奴知らなかった。よりによってなぜ高所に女が突っ立っているのかと目を細めた時、女は振り返ってこちらの存在に気づくと体を傾けて飛び降りた。「おいっ」と思わず声を漏らした時には女は空中でくるりと回転して軽々しく地面に降りたのだ。顔を上げてゆっくりと近づいてくる。月の光に照らされた色素の薄い銀色の髪が宝石の断面のように眩しく感じた、しかしそれよりも輝きを持った青い瞳が闇の中で底光りしている。線が細く冷ややかな輪郭の中に女特有の柔らかさを取り込んだような、しかし安易に近づけないような、そんな儚い美しさだと思ったのだ。「悟とキャラ被りしてる」と小さく傑が呟けば鋭く睨みつけてやった。確かに髪と目は似ているがまだ知らぬ強さまでも似ている気がして不服だった。

「こんばんは」

 女が溶けるような微笑みを浮かべれば、胸の奥が疼いたような気がして気に食わなかった。夜のように冷ややかな美しさで、この女は何かを隠している。晒け出せない何かを持っている。

「お前、先輩に対して礼儀がなってないんじゃねえの」

 唸るような声でサングラス越しに睨みつければ大抵の奴は顔を青くして肩を震わせる。しかし、この女は違った。顔を曇らせることも、震える事もなく微笑みを浮かべたまま、挑発など跳ね返すように顔色を変えない。もしかして煽っているのか。

「ああ、先輩でしたか。白髪だからてっきりお爺ちゃんかなって」
「ああ?!お前も似たような髪してんだろうが!」
「ぷっ」


===

「傑、飯行かね。腹減った」
「ああ、ちょっと待って」

 目も合わせずスマホをいじっている傑は女と連絡を取っているのだろう。腹が減ってんだよ、早くしろという気持ちを吐き出すように開かれた窓の外に身体を寄せれば下からタバコの煙が見えた。校舎裏にいたのは思った通り硝子、そしてその隣にはあの後輩の女がいた。喫煙仲間とうのは本当だったらしい、一丁前にタバコを咥えている姿は気怠そうに見えるが背筋は綺麗に伸びている。

「あの子、一級らしいよ」
「……は?いや、六眼で見た時はカスみたいな呪力だったぞ、一級なわけないだろ」

 いつのまにかスマホから視線を外して同じように下に視線を向けていた傑の言葉を鼻で笑った。ありえない。どっからどうみても雑魚並の呪力量だぞ。きっとデマだろ。

「さぁ…悟がそう言うなら呪力は少ないのかも。もしくは天与呪縛とか、詳しく知らないからなんとも言えないな」
「直接確かめればいいんだよ」

 ニイッと唇を釣り上げて見せれば傑は呆れたように息を吐いたが、気になるのは同じだったのだろう止める声はなかった。窓の淵に手を掛けて、そのまま3階から女に向かって飛び降りる。

(ちょっとビビらせてやるか)

 このまま突っ込んでやろうと考えていたが、不意に彼女が視線だけこちらに向けた。正しくは黒目だけを動かしてこちらを見たのだ。まるで最初からわかっていたような視線のように感じた。不意打ちを喰らわせてやろうかと思っていたが、この際なんでもいい、彼女の背後に降り立って足を取ろうと回し蹴りしたが手応えはない。蹴ったと思った足がない、すると背後から「私何かしました?」と不思議そうな声が聞こえてきて額に汗が浮かんだ。

(マジかよ、全く見えなかったぞ)

 瞬発能力や動きが並の人間ではない。呪力で強化できるが、コイツにはそれほどの呪力はないはずなんだ。やはり傑の言っていた通り天与呪縛か。

「ちょっと五条、いきなりなんなんだよ」
「俺が用があんのはコイツ。お前なんなの?それ天与呪縛?」
「天与呪縛?んー…なんか面倒くさそうなんでそれでいいです」
「それでいいってふざけんのかよ」

 胸ぐらを掴む勢いで近づいたが、女はあの時と同じ一瞬たりとも怯むことはない。同じように笑顔を浮かべて「ふざけてないです」と明るい声色で言ってのけた。苛立ちが込み上げて爆発しそうな瞬間、間に割って入るような傑の声に引き戻される。

「悟、落ち着いて。私達2年なんだけど君は灰原の同級生だよね?」
「はい、そうですよ」
「一級って本当?」
「一級?さぁ、知りません」

 まただ。知らないフリして嘘をついているのか、それとも本当に馬鹿なのか。瞬きしている様子から後者だったらいいと何故思ったのか。

「ホラ、やっぱ雑魚だよこんな奴」
「ちょっと学生証見せてくれない?」

 今持ってたかなあ、という顔で制服の裏側をゴソゴソとしていたがパッと目の前に出された学生証を傑が受け取ったので一緒に覗き込んだ。しかし時計の針が止まってしまったかのように俺と傑の動きが止まる。ナマエ・ゾルディックという日本人離れした名前よりも衝撃的な文字があった。

「特級ゥ…?!」



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