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「本当はお前のこと何度も殺そうとしてたんだよね 」

 それは今、私に腰を打ち付けている最中に言うことだろうか。全く雰囲気ってものがない。思えば最初からイルミという男は何を考えているかわからない男だった。彼は時と場合を考えず突然現れるし、人を殺した直後の血生臭い私を前に「付き合ってよ」と表情ひとつ変えないで言ったのだ。そう、好奇心だった。イルミと付き合うのはただの暇つぶし、周りは兄への反抗心だと言うけれど私はイルミという男をそれなりに気に入っていたのだ。

「不思議だよね、殺そうと思っても途端にやる気が無くなっちゃう。こんなこと初めてなんだよ。お前といるとこうやって触れ合っていたくなる」

 不意にイルミがぴたりと動きを止めて身体を寄せてきた。隙間なく触れ合っている彼の身体が熱くてのぼせてしまいそうになる。眠気混じりのぼんやりとした意識の中で耳元で囁かれる言葉はまるで蜜のように甘いものに感じた。抑揚のない無機質な声色のくせに、ひどく優しく聞こえる。

 だけどそれがどうしようもなく嫌だった。違う、そんなこと言わないでくれ、聞きたくなんかなかった。胸がぎゅっと締め付けられるような感覚に顔を歪めて、早くこの場から立ち去りたかった。

 そう、逃げるのは私の癖だ。向かい合いたくないだけの、臆病者なんだ。

ーーー

「本当の妹じゃないんでしょ、どうして私を縛るの」

 拠点の一つの廃墟、暗闇の中にひっそりと兄は座っていた。私の前では髪を下ろしていることが多いが、蜘蛛の頭である時は違う。きっちりと髪をまとめて黒いコートを羽織る、その時の兄は少し怖い。横で蝋燭の光がうっすらと兄の手元を照らしその光を頼りに本を読んでいる兄は視線をこちらに向けないまま静かに言葉を放った。

「愛してるから、それだけじゃ不満なのか」

 そうやって当たり前のように、愛しているとか、好きだとか、小さい頃から呪いのように囁かれてきた甘い言葉に耳を塞ぎたくなる。

「不満とかじゃなくて、おかしいよ!私たちは兄妹みたいに育ったのに」
「矛盾してるのはお前の方だ。兄妹じゃないのだから愛し合ったって問題ないはずだが」
「それは…っ」
「お前が恐れてるのは自分自身だ。兄を好きになった自分が恐いだけだな」

 恐ろしいほどに穏やかな声色なのに捲し立てるように放たれる兄の言葉に動悸が早くなって息ができなくなりそうになる。唇が震えて、熱くなった目頭から感情が溢れてきそうになって咄嗟にぎゅっと目を閉じた。兄の前なんかで泣くものか。奥歯を噛み締めていたが、頭の中で反響する兄の言葉にボロボロと涙がこぼれ落ちてきた。

 兄が好き、私は兄が好きなんだ。本当はわかっていた。怖かった、こんな自分が惨めでならない。どうしたって兄の一番になれないことはわかっている、彼が一番大事なのは蜘蛛であって私ではない、どんなに私を大切にして守ってくれようがその愛は蜘蛛には及ばない。

 悔しい、悔しい、悔しい

「擦るな、腫れるぞ」

 服の裾で目元を擦ってた手首を掴まれて、きっと真っ赤になっているみっともない顔を兄は見下ろしていた。しかしその視線は優しく、大事なものを愛でるように口元は弧を描いている。電流のような幸福感が指先まで巡っていく。ああ、私は兄に繋がれることを望んでいるのだ。

「触らないで」

 だけど口になどしてやるものか。きっと兄は私の心中など容易に理解できるのであろうから。兄の手を振り払って顔を背ければ、やれやれと小さくため息が聞こえた。その完璧な顔はきっと笑っているんだろう。

おわり



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