カメラと太陽とフリークス
 新校舎の裏手にひっそりと旧校舎が経っており、そこは文化部及び同好会が部屋を当てられていた。
どこからかトランペットの甲高い叫びが聞こえてきたかと思えば、激しくシャウトする声がする。また、ゆるやかに俳句を読み上げる声がしたかと思えば、甘いお菓子の匂いがする。ウロウロと歩いていると、うっかり鼠を踏みそうになったことがある。
全ては旧校舎へ行った者の証言であるが、決して大げさな話ではないことを僕は知っている。
旧校舎はもっぱら噂の的になっている、いわば禁断の地だ。あそこへ行くのは、よっぽどの物好きか変態か冒険野郎と決まっていた。
それなのに、僕は今、変態どもの巣窟にいた。部室には僕しかいない。
 部屋の中は古い棚が置いてあり、その中はアルバムで溢れかえっている。隣室は現像をするために暗室にしているため、薄暗い空気がこの部屋にまで漂ってきているのがうっとうしい。会議用の机とパイプ椅子を無理矢理運び込んで、その上にはデジカメや使い捨てカメラが雑然と置いてあり、脇にお菓子やらジュースやらがある。
その中から煎餅を選んで、音を立てて噛み砕いた。健全な男子高校生の放課後が、誰もいない部室で寂しく煎餅を齧っているだけなんて。ああ、と声を洩らして机に突っ伏した。
「どこで間違えたかなあ……」
 いや、間違いは分かっているのだ。全ての原因は兄とこの写真同好会のせいなのである。
「いやあ、大漁大漁!お留守番ご苦労、弟君」
 角刈りに逞しい体つきの男が、満面の笑みを浮かべて入ってきた。見た目だけなら、運動部のエースかと思われるほど立派なのだが、中身に問題がある。
「犬さん、僕の名前をいい加減覚えてくださいよ」
「兄上とよく似ている名前だから混ざるんだよね。えっと直樹くんだっけ?」
「祐介ですってば!兄の名前が直介だから、本当に混ざっているじゃないですか!」
 犬さんは僕の言葉をろくに聞いていないらしく、カメラを机の上に置いて、ジュースを探している。
「あれ、犬さんも戻ってきてたんだ。じゃあ丁度良かったな」
 整った顔立ちに淡い栗毛が揺れる、美青年が両手に缶ジュースを抱えて入ってきた。
「おお、カメ!気が利くなあ、喉カラカラだったんだ」
 嬉しそうに犬さんはジュースを受け取る。カメと呼ばれた青年は、暑いというのに汗ひとつかかずに、優しい笑みを浮かべて僕の隣に腰を降ろした。
「どう?祐介くん。少しはこの写真同好会に慣れたかな?」
 耳を擽るような、この甘い声に騙される女子が少ないことを知っている僕は微妙な気持ちになった。何でこんなカッコイイ人がこんな評判の良くない同好会にいるんだろう。
兄だって決して見た目は悪くない。それこそ、爽やかにサッカーボールを蹴っているのが似合うような外見である。犬さんだって運動部に相応しい立派な筋肉を持っているのに。
 この三人はどうして『写真同好会』別名『妄想倶楽部』と呼ばれている同好会などに入会したのだろうか。兄は女子生徒ばかり写真に撮るので、三年になる頃には女子たちが兄からカメラを没収したことがある。
犬さんは筋肉と鉄道中心で、運動部に潜り込んでは筋肉を撮影し、校外に鉄道の写真を撮りに行ったりする。カメさんは植物専門でマトモに聞こえるが、彼は少々電波系で、花々が彼の彼女なのだそうだ。告白されて、彼は本気で「彼女(花)がいるから」と答えるそうだ。
 僕は兄の入会している同好会に興味なかったのだが、入学式の前に兄が名前を書いてみてくれないか、と差し出された紙に何の疑いも持たずに名前を書いた瞬間に運命は転がりだしていた。
 入学した時、僕は既に同好会に所属していたのである。僕は間抜けだ……。
 ちなみに兄が会長をつとめていたが、卒業した後の会長は決まっていない。何故ですか?と尋ねると、みんな一様にニヤニヤしていただけで、詳しい理由は教えてくれなかった・
「祐介くんも、そろそろ専門を決めないとね」
「そうだな!弟君、何か興味のあるものは?」
 コーラを一気飲みした犬さんが、興味津々の僕の顔を見る。そんなに期待の眼差しを向けられても、写真を撮りたいものなど直ぐには浮かばない。
「兄上は女子生徒専門で、ここにある美人もりだくさんアルバムシリーズを作り上げたんだ。いやあ、これは大作だね」
 ああ、この大量に並んだピンク色のアルバムを作った犯人は僕の兄だったのか。今日、帰宅したら蹴りを入れてやろう。
「遅れてごめんなさい」
 甘ったるい声がして、弾む胸がドアを開けた。最低な表現かもしれないが、傍目にはそう見える。茶色の巻き髪に、大きな胸、派手な色の鞄を持った美女。髪型の割りにメイクは控えめで、それは彼女の素顔の美しさを証明していた。
「猫、ジュースでもどう?」
「ありがとうございます!あ、祐ちゃん、ちゃんと来たのですね。偉いですよ」
 ジュースを飲みながら、小さい子を撫でるように猫さんは僕の頭を撫でた。
白い肌はカメさん同様、汗ひとつない。この同好会にいる人は特異体質の人が多いのかもしれない。猫さんの専門は動物と子どもだが、心霊写真も専門らしい。僕は彼女の作品集だけは間違っても開かないように気をつけている。見た目は派手な今時のお嬢さんなのに、中身はとんでもない電波の塊が入っているので油断ならない人だ。
「それじゃあ、我々の活動を再開しようではないか」
 武士のように堅苦しく声を上げると、一同がそれぞれ準備を始めた。彼らの装備はデジカメと使い捨てカメラである。三脚などの機材は、逃げる時に不便だから使用しないらしいが、逃げるようなことをしているというのが不安だ。撮影した相手にデジカメのデータを消去させることで油断させ、実は使い捨てカメラにも同様の写真があり、それを守るためにも使い捨てカメラは必須らしい。だから相手にデータを消去されるような写真を撮っているのはまずいだろう……。
 再び、一人きりになった部屋で僕は、先ほどと同じ様に突っ伏した。
「専門かぁ」
 僕は兄と違って、自分の意思で入会したわけではないから取立て撮りたいものはない。しかし、根が生真面目なので入会したからには何かを撮りたいとも思う。
鉄道、植物、動物、他に何かテーマがあるだろうか。うんうん、と唸っていると、コンコンという音がした。妄想倶楽部と呼ばれる、うさんくさい奴らの根城に何の用だろうかといささか怯えながら「どうぞ」と声をかけた。
カラカラ、と音を立てて入ってきたのは、水色のシャツが印象的な少女だった。長い黄金色の髪、雪のように白い肌、澄んだ深緑色の瞳、桃のようにつややかな唇。
 僕は言葉を失った。今まで生きてきた中で、最も美しい風景だった。背中から夕陽の光を受けている少女は、まるで光に包まれた女神のようだ。
呆然としながら、僕は無意識にカメラを持ち、彼女に向けてボタンを押していた。
驚いたように目を丸くした彼女を見て、僕は初めて自分がしたとんでもない行動に気づいた。
「ご、ごめんなさい!ええと、僕はあの写真同好会の者で、だからつい写真を」
 しどろもどろに言い訳していると、つかつかと彼女は僕の目の前まで歩いてきた。長い睫が僕の頬に当たりそうなほどに近い。
「カメラ」
「え?」
 耳に心地よい甘い声がした。
「お前は、今日からカメラね」
「え、ええ?」
 美少女からの予想外の言葉に僕は耳を疑った。
「もう決めた。お前の名前はカメラだ。私のことはサンと呼びなさい」
 命令口調で告げると、美少女は堂々とした態度で部屋を眺めた。
「うん、直介から聞いていた通り、悪くない。今日からこの同好会の会長をするから、あんたも私を敬うように」
 きっぱり言い放つと、美少女―――サンは手近にあったカメラで僕を撮った。
「私の専門は全てよ。あんたは?」
 台風のように舞い込んできた少女に、僕は絶句した。こんなめちゃくちゃな話があるだろうか。しばらく脳みそは正常に働こうとしなかったが、僕はようやく一つの答えを見つけた。
 僕の専門は――彼女・サンになるだろう。
結局、兄と同様の運命を辿ることになるらしい。
サンが夕陽を浴びて、満足そうに笑っている。その美しさに、僕はこれからの高校生活が楽しいものになるであろうことを予感していた。

 

<了>


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