枯れ木に花が咲く

 まさか、このトシになってから文化祭をすることになるとはなあ。
壱太は大きなため息をついて、目の前で意気揚々と折り紙遊びに興じる仲間たちを眺めた。
 岸田 壱太は今年で六十七歳になる。息子夫婦が自分を介護することになる将来を見越して、同居を進めてきたのが気に食わず、半ば飛び出すようにして、現在住んでいる老人ホームに入居した。
息子夫婦の優しさは理解しているつもりだが、それにしても、まだピンシャンとした自分をつかまえて『介護するから、一緒に住もう』とは。
元来、短気だった壱太は早すぎる年より扱いが我慢できなかった。
 入居した老人ホームは要介護を必要とする住人は少なく、若者のように早歩きとはいかないが皆自分の足で歩ける、比較的元気な者が多い。
そこで血気盛んな若き所長は考えた。ご近所密着型老人ホームを目指して、大勢のお客さんに来てもらえるような文化祭を開催しようではないかと。
 その結果、指先が器用に動く者は折り紙、裁縫担当、絵心のある者は巨大壁画をチームで作成し、ゲートボールが好きな者は各個人のゲートボール必勝法を展示する。他にも草笛合奏、簡単な演劇などもある。これだけの展示が果たして、老人ホームに入居している老人に可能なのかどうかは分からない。
 だが、苦労しながらも必死に作業に取り組んでいる老人たちは楽しそうに壱太の眼には映る。
「壱さん、何かしないのかい」
 大さんと皆から呼ばれる、熊のような体格の男が壱太の隣に腰掛ける。どうにも年より扱いされるのに抵抗がある壱太は、入居者たちとうまく付き合えていなかったが、この大という男だけは気軽に声をかけてくれる。
「何かするっていわれても、絵は描けねえし、草笛の吹き方も忘れちまった。ゲートボールはやったことすらねえ」
 若い頃のやんちゃぶりが抜けない荒い話し方も、壱太が周囲と馴染めない理由の一つだったが、変えるには時間が遅すぎた。
「そうかい。僕はメンコ大会に出場するよ。ガキの頃は負け知らずだったもんさ。メンコは手作りだから、腕が鳴るねえ」
 大は嬉しそうに腕を振り回してみせた。
「大の字よ、おめえは家族に案内状出したのかい」
 案内状とは、所長がご家族を招待してほしいと全員に配布したものである。正直、壱太はどうしようかと持て余していた。
「ああ、一応娘夫婦と息子夫婦と兄貴の一家に出したよ」
「へえ、大家族じゃねえか」
「壱さんはどうするんだい?」
 ううん、と唸って壱太は胡麻塩頭をかいた。ケンカして家を飛び出して、ここに入居が決まった時も施設側からの葉書だけで済ました。今さら、文化祭をやるから来いというのも何だか決まりが悪い。
「俺は特に何か作るでもするでもねえし、家族を呼んでも仕方ねえだろ」
 ふうんと大が息を漏らす。
「じゃあ、何かすればいいんじゃないかい?そうだなあ、壱さんはまだまだ体が強いし、力もあるから、和太鼓を叩くとか、僕と一緒にメンコ大会に出るとか」
「素人にゃ和太鼓は無理だ、メンコもやり方を忘れた」
 折り紙を笑い合いながら作る入居者たちが妙に遠くに感じられて、壱太はまたため息をつく。
 らしくねえ、自分でも分かっている。うっとうしいのは大嫌いだから悩むのは性に合わない。やりたくねえならやらねえ、やりてぇならやる。
「俺はよ……」
 こんなに胸がムカムカして、考えがまとまらないのが何故なのか分かっている。
「何かしてみてえんだ、多分。ただ何がやれるのか分からねえ」
 若い頃はケンカばかりで、まともな趣味を持つことなどなかった人生が老年期を迎える今になって悔やまれた。
「威勢のいい壱さんらしくないなあ。ここに初めて来たとき、すごい勢いで啖呵を切ったのを覚えているかい?」
 例え、老人ホームに入居したからといって年より扱いは御免だ。初対面の挨拶をその一言で済ましたのを、壱太は思い出した。
「壱さんはまだ現役だろ。これから新しいことをやってみたらいいじゃないか。せっかくの文化祭なんだから」
「文化祭か」
 思えば、学生の時分から周囲からはぐれていた壱太は学校行事にまともに参加した記憶がない。
「そうだなあ、人生の最期に文化祭を満喫してみるってえの面白いかもしれねえな」
「壱さん、何をするんだい?」
 大が期待に目を輝かせている。入居してから問題ばかりの壱太の新しい行動に興味があるらしい。
「文化祭だからな。俺は読書感想文でも書いてみるか」
「はははっ、壱さんが文章を書くなんて楽しみだな」
 ふたりの背後から若き所長、水島が顔を出す。
「漫画は駄目だからね、壱さん」
 いつも白衣を纏った水島は嬉しそうに壱太に視線を送る。栗色の巻き毛を横にまとめている顔は端正で魅力に溢れていた。水島の顔を見る度に、壱太は男だか女だか分からねえ奴だと思っている。
「壱さんがやる気になってくれて嬉しいなあ。これで案内状も無駄にならずにすむしね」
「何のことだい」
 横を見ると、大が困ったような顔をして下を見ている。
「参ったなあ、まさか所長も同じ考えだとは思わなくて……余計なことをしたかな」
 水島と大は視線を合わせて笑っている。
「実は、壱太さんの家族に案内状を送ったんだ。ごめんよ、壱さん」
「おいおい、大の字!何でそんな真似しやがったんだい」
「まあまあ、壱さん。私も送ってしまったし、許してほしいな」
 どんな理屈だ。壱太は顔をゆがませて二人を睨みつける。
「俺はあいつらを呼ぶつもりはねえんだ。ケンカ別れして、このままオサラバってえのも俺の人生らしくていいと思ってんだ」
「でも、それは壱さんの考えだろう。息子さんたちは同じ考えじゃないんだよね」
 大のゆったりとした声で言われてしまうと、さすがの壱太も怒鳴るに怒鳴れない。
「ねえ、壱さん。文化祭って作る人と観る人がいないと成り立たないんだよ。壱さんが作る人、息子さんたちが観る人。それでいいじゃない」
 まだまだ若造のくせに水島は知ったような口を叩く。
「揃いもそろってお人好しがよう、仕方ねえな」
 壱太は舌打ちをして背を向けた。一人ぼっちで最期を迎えるつもりで入居したのに、騒がしい連中の中へ飛び込んでしまった。
 悪くない、壱太はこっそりと口元に微笑を浮かべた。
せいぜい、見栄えのいい文章でも書いてやろう、壱太は水島に原稿用紙を買ってきてくれるよう、ぶっきらぼうに伝えた。



                              〈了〉


酸欠文化祭in2012:短編参加作品
『Oxygen shortage/酸欠』

テーマ:文化祭
作者:藤森 凛


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