...北国 雪side


「うわぁ、すごぉい……!」


観覧車から見える景色は、絶景そのものだった。
思わず漏れた感嘆の声に、ふふ、と笑う声が聞こえた。その声に釣られて、私は視線を前に戻す。
視線の先にいるのは、優しそうな笑みを携え、青い髪をハーフアップにした綺麗な女性……アリアさんだった。

まるで子供みたいに騒いでいた自分が少しだけ恥ずかしくなってしまって、私はちょっと座り直す。


「きっと夜に見ればもっと綺麗だったんでしょうね」
「そうですね。ライトアップとか……でも、これはこれで綺麗だと思いません?」
「そうねぇ……あ、あれ、未来ちゃんじゃないかしら?」
「え、あ、本当だ……気づきませんよねぇ」


遠くで未来らしき青い髪をした人物がベンチで座っていた。もしかしなくとも未来だ。
おーい、と手を振ってみるが、やはりこちらに気づくどころか観覧車のほうを見る素振りすらない。流石に遠すぎるわね、と苦笑するアリアさん。
……やっぱ大人だなぁ……。


「私が?」
「へ?」
「雪ちゃん、今「大人だ」って呟いたでしょ?」
「え、あれ、声に出してたんですか!?」


いつの間に……顔を真っ赤にさせてあわてだす私を見て、アリアさんは面白そうにくすりと笑う。
そしてまた窓のほうを見ながら、口を開いた。


「私にもね、娘がいるのよ」

その言葉を聞いて、すぐにユニのことを思い出した。
脳裏に浮かぶのは、今私の目の前に座っている人とまったく同じ青い髪、そしてまったく同じ笑い方をする、まだ10代の少女……

ちゃんと覚えている。忘れることはない。
だってその子は強くて、誰にも負けない意思を受け継いでる。ほかの誰でもない、あなたから。
早くに死んだ母を想いつつ泣かず、最後まで強く。

私の目の前にいる人と、ユニの身に降りかかる未来のことを考えて、じぐりと血が滲むような痛みが胸に走る。
でも言っちゃいけない。未来を変えてしまうかもしれない。
彼女がどうなるのかはわからないけれど、私たちは時の流れに身を任せなければいけないのだから。


「なんだか、雪ちゃんといると、娘と一緒にいるみたいで」
「え、私がですか!?」
「えぇ。まだ生まれてきて数年しか経ってないんだけれどね?」


私が、ユニに?
そんなの、比べ物にならない。
私は彼女みたいに世界を守りたい意思も、すべてを捨てる覚悟もない。私は、そんなにきれいじゃない。あの子みたいに心が澄んでいない。
きっと、仲間を守るためだったらどんなに汚いことでも厭わず平気でできるから。

そんな、おこがましいこと……言われる資格ないのに。


「……わたし、」


気づけばぽつりと話し出していた。


「……私には……親の記憶がありません。だからわからないんです、親って何か。産んだから親になるのか、育てたから親になるのか、親と親じゃない人間の線引きはどこにあるのか。でも、該当する人が一人もいない私には、考えるだけ無駄なのかな、とも思っちゃって……」


物心がついた時からストリートチャイルドだった私は、ヴァリアーに拾われるまでずっと一人で。
そしてヴァリアーに拾われてから、家族の暖かさは学んだ。私はヴァリアーに育てられた。育ての親というのなら、それはヴァリアー以外の何物でもない。
……でも、親って、一体何だろう?

ヴァリアーは私を産んではくれなかった。
ヴァリアーは私にミルクを与えてくれなかった。
ヴァリアーは私の本当の名前を与えてくれなかった。……本当なの名なんて、もう忘れてしまったけど。


「……だから……アリアさんの娘さん、羨ましいなって。大切に育ててあげてくださいね」


前を見据えて微笑めば、感じた温かい感触。
気づけば、アリアさんが私の間近まで顔を近づけていて、私の左頬に手を当てていた。


「あ、アリア、さん?」
「ねぇ、雪ちゃんってすごく可愛いわね」
「……はい?」
「うん、すごく可愛いわ! 娘にもこれくらいの美貌は欲しいわね〜」


いや、アリアさんの娘だから美貌は……っていうか実際可愛かったけどさ。
なんかもうふわふわした感じ。笑うとすごくかわいくて、見てて幸せな気持ちになるし、もっと笑っててほしいって思う。守りたいこの笑顔。
って、そうじゃなくて……

困惑から抜け出せないでいると、よっこいしょと立ち上がったアリアさんは私の隣に座って、おもむろに私を抱きしめた。
急に感じたぬくもりに、私は目を見開く。


「よく頑張ったわね」


そう、告げられた言葉。
少しだけ理解が遅れて、私は「……へ」と乾いた声を漏らしてしまった。


「親っていうのはね……そう、今みたいに子供が頑張ったらお疲れの言葉をかけて、子供が頑張るときに応援の言葉をかけて、子供を支えるためにいるのよ」
「……支える……」
「愛を教えるの。誰かの愛し方。自分の愛し方。自分の子供が自分のもとを離れても独りにならないように、そう育てる人のことよ」


それだったら、なんか……スクアーロ達がしてくれたことみたい……。
何だ。私にもいたんじゃないか。大切な家族……ううん、大事な親が。
ふわり、と温かいものが心の中を溶かしていく。温めていく。埋めていく。


「有難うございました! よくわかった気がします」


アリアさんが離れた瞬間に、私は笑顔を綻ばせた。
それを見て、アリアさんも美しい笑みで私を見つめた。ふふ、と笑いあって、幾分わだかまりが解けたような感じ。


「そう。それはよかったわ」
「あーぁ……にしても、羨ましいなー……」
「誰が?」
「娘さんに決まってるじゃないですか! こんないいお母さんに愛されて」
「あら、私は雪ちゃんも私の娘だったらいいなーとか思ってるわよ?」
「それだったら私も感激です」


それからはガールズトークに花を咲かせ、気づいたら観覧車が地上についていた。
それからも、私たちはずっと、笑いながら会話を続けた。


...高城 未来side


「……すや」
「……この馬鹿が!」


ポカン、と小気味のいい音が頭の中で響く。
ちなみに、僕としてはまったく気味が良くない。痛い。


「いったぁああ、何すんの!」
「テメェ、人が飲み物買ってやってるっつーのに何のんきに寝てやがんだ! ちったぁありがたがれ!」
「しょうがないじゃん気分的にダウンだったから! 寝れば治るかなーって!」
「治んねぇよ精神は!!」


ぎゃあぎゃあわいわい。騒いでいる僕らに注目が集まる。
いやまぁ申し訳ないけど、これが僕と隼人の日常会話だから。おらおら見せもんじゃねーぞ散れ散れ。


「ほらよ」


そう言いながら、フラペチーノを差し出す隼人。


「ありがとー」


それを受け取ってストローに口をつける。
程よい甘みと、ちょっとした苦味が口の中に広がる。んあーこの絶妙なバランスがおいしんだよねー。


「そろそろ帰ってくるんじゃねぇの?」


そう言いながら僕の隣に腰かけ、隼人は手に持っていたホット珈琲を飲む人……うわ、何げに大人っぽい……むかつくな。キャラメルなんて飲んでる僕が子供みたいじゃんか。
ちょっと頂戴、と強請ったら熱いぞ、と渡してくれた。
味見程度に飲んでみたけど舌が火傷した。ひぃひぃする。あとすっごい苦い。
文句を言ってみたら、バーカって笑われた。

そしてその10分後くらい、その場に全員集結した。

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