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優しい嘘の花束を


刹那の出来事だったのに、その刀が少しずつ腹を貫いていくのが1分にも2分にも感じられた。なのに引き抜かれる感触は一瞬で、何が起きたのか理解するまでに時間がかかってしまった。刺されたのだと把握出来た時には既に杜鵑草を持つ指先から急速に熱が奪われていくところだった。足から力が抜けて後ろによろけると同時に胸を熱いものがせり上がってきて、咳き込んで吐き出した視界が赤く染まる。本当に笑えるほどに一瞬の出来事だった。けれども実際その状況になってみると、痛みで案外笑えないものだと思った。

「桜木谷!!」

耳元で大きな声がして、ふと気がつくと黒崎くんが後ろから私を支えてくれていた。触れられているはずの肩に感覚がない。眉間に物凄い皺を寄せて、彼は私を見下ろしている。悲しいような怒っているような焦っているような、複雑な表情だった。彼の顔をこうして間近で見るのは久々だ。その表情に、何故だか班目さんを思い出した。
ああ、私は何かしたくてとにかくこの場所へやってきたけれど、結局何も出来ないままだ。ほんの1分か2分でも、彼の体が休まったのだと思いたい。でも彼のこの表情を前にして、そんな風にはとてもじゃないけれど言えなかった。

「目下私の興味の対象はそこにいる黒崎一護と浦原喜助の二人だけだ」

不意に藍染副隊長の声が聞こえて、私は眉を顰める。視界が悪い。ぼんやりと霞がかり始めたその先に白い衣を纏った姿を見つけて目を凝らした。彼は微かに笑っているようだった。

「特に浦原喜助は、尸魂界に於いて私の頭脳を超える唯一の存在だ。黒崎一護に比べ彼はあまり感情を顕にしないからね。どういう動きをするのか興味がある」

段々と薄れていく意識を必死で繋ぎ止めながら、無意識に探った霊圧の中にあの人のものはなかった。この場に居ないのか、隠れているだけか分からない。けれど、それにほんの少しほっとする。
不意に手にした杜鵑草が元の斬魄刀の姿に戻った。腹に空いた穴から霊力が抜けていくような感覚だった。始解が保てない程急速に霊圧が低下しているらしい。杜鵑草、と名前を呼ぼうとしたけれど、喉が灼けて上手く声が出なかった。


『約束してください』


頭の中に、あの日の彼の声が響いた。杜鵑草を取り落とさないよう指先に力を込めながら、私はゆっくりと瞬きをする。


『だって絶対なんて無責任な約束出来ません』
『真面目なところもそのまんまッスね』
『浦原隊長の心配性だってそのまんまです』
『貴方はすぐ無茶をするから』


誰よりも強かで、誰よりも聡明で、誰よりも優しい彼ばかりが、辛い思いをするなんて嫌だった。彼が私を守ってくれたように、私も彼を守りたかった。
藍染副隊長に勝てるはずないことなんて分かっている。私が戦闘の役にも救援の役にも立たないことも。守りたいだなんておこがましいということだって。
だけど。それでも、私は。


『それでもボクは貴方に生きていてほしいんです』


―――誰よりも大好きな貴方が、


もう泣いたり、しないように。



「彼が唯一特別に想う君を目の前で殺してしまったら、浦原喜助はどういう反応をするのかな?」



冷たいその声に、時間が止まったような気がした。

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