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境界線


ひび割れた空の隙間から闇が見える。まるで目蓋が開くようにぽっかりと開いたその空間から、一人の破面が出てくるのが見えた。大きな穴に不釣合いなほど小さな白いその姿には見覚えがある。いつかの空座町襲撃の際、私と乱菊さんが対峙した相手だ。あの時、あの破面は私達に何の興味も示さず戦いもしなかった。故にあの破面の能力は未知だ。もしかしたら戦闘要員ではない何かなのかもしれない。けれども、戦闘要員でないなら何なのかと考えてみても、その役割については全く想像がつかなかった。

膝をついたままの状態で、いつでも立てるように身構えた。倒山晶は解かない。班目さんはまだ応急処置程度だ。最悪でも尸魂界に逃がさないといけない。

「…アウー」

どこもこの破面の登場に一度手を止めて様子を見ているようだった。戦闘音の掻き消えた静かな戦場に、破面の小さな声が響く。それが、私達のいる場所にまで聞こえた。
その破面は後ろを振り返ったようだった。釣られてその背後に目をやるまでもなく、そこから溢れ出てきた禍々しいまでの霊圧に私はびくりと身を震わせた。思わず指先が斑目さんの死覇装を掴む。

大きな大きなその影は、穴から這い出てくるにつれその姿を顕にしていく。ずん、と空中についた手の爪に仮面がついていた。あれは大虚の仮面だ。まるで何体もの大虚がねじり合わさったような、そんな風貌。顔らしい位置に大きな目が一つだけあって、それが薄く細められている。

―――あれは、双極の丘で藍染隊長の後ろに見えた……。

それが何という物体なのか、説明ができなかった。大虚の仮面はあっても、明らかに他の破面達と違う風貌。あれと意思疎通ができるのかさえ分からない。怪物という形容が一番正しいように思えた。そしてその霊圧。あれがどういう物体だったとしても、あれだけの霊圧を持つものを、そう簡単に倒せるはずがない。それは、誰の目にも明らかな絶望感。

その怪物に目を奪われていた最中、先陣を切って出てきた破面が突如姿を消した。無意識に追った霊圧の先に目を向けたけれど、丁度高い建物の陰でその姿が見えない。けれども直後に浮竹隊長の霊圧が大きく震えて、ぐんと勢いよく下がった。

「……っ!」

思わず立ち上がった私の背を、班目さんが叩く。いつの間にか彼も立ち上がっていて、中腰で斬魄刀を挿し直していた。

まだ体は辛いはずだ。私は結局中途半端な治療しか出来ていない。多少動けたとしても、戦闘に入ったら彼の不利は火を見るよりも明らかだ。
動いてほしくなかった。このままどこか少しでも安全な場所で、せめてあと少しでも回復して欲しかった。けれども、そんな場所なんてあるのだろうか。そんな時間を、果たして彼らがくれるのだろうか。あの怪物は、藍染隊長は、こんな偽物の町なんて簡単に壊してしまえるんじゃ。

逡巡する私の思考を断ち切ったのは、もう一度強く背を叩いた斑目さんの手のひらだった。
瞬きをすると、相変わらずの仏頂面で私を睨む彼の目と視線が合った。死ぬ気なんて微塵も見せない、生きている瞳だった。

「行くぞ」

彼は短くそう言った。その一言に、たくさんの言葉が込められている気がした。それを否定する言葉なんて、私は持ち合わせていなかった。両手で自分の頬を叩いて、私は正面へ向き直る。同時に天辺からするりと結界が解けて、周囲の風景が一層鮮やかになった。

「はい」


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