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あなたがみえない


「イ゛あー!!くそ!ムカつくー!!」
「うるさい!あんたちょっとは黙って出来ないの!?」

解放もしていない斬魄刀を振り回して綾瀬川五席が叫ぶ。すかさず乱菊さんがその後頭部目掛けて棒を放り、わめき散らす彼に苦情を入れた。

あれから私達は毎日のようにこの場所を訪れている。織姫ちゃんは学校があるので、最初に案内したのは私だった。
大人数でいる分には、周りに向ける気遣いは少なくて済む。杜鵑草と話した時は念を入れて木の上で精神世界に入ったけれど、他に四人も居ればそんな必要はなかった。誰が近づいても誰かしらが気がつけるし、その対処にだって大人数で当たれる。そもそも刀を持った人間が五人も集まって大騒ぎしていれば、大抵の人間は見ない振りをするのかもしれない。

「だって藤孔雀の奴ムカつくんだもん!!こいつ高飛車だしエラソーだし自分のこと世界一美形だと思ってるし!」
「あんたにソックリじゃない。うちの灰猫なんてワガママだし気分屋だしぐうたらだしバカだし」
「わーソックリ」

大騒ぎする二人に「うるせぇぞ!!」と日番谷隊長から怒号が飛ぶ。尸魂界に帰らせるとまで言われているのに、彼らは聞く様子もない。賑やかな言い合いを見ながら、私は苦笑した。フン、と息を吐いた日番谷隊長は憤懣遣る方無いと言った雰囲気だけれど、一段高い岩で座禅を組む班目さんは気にも止めていないようだった。二人が班目さんくらい集中してくれれば日番谷隊長も怒鳴らずに済むのにと思うけれど、それは想像も出来なかった。ふっと目を細めて、私は斬魄刀を抱きしめる。

この一月の間に、黒崎くんが行方不明になった。私が限界まで集中しても霊圧は見つけられなくて、同じく存在を掴めない人達のことを思った。もしかしたら、黒崎くんは彼らのうちの誰かと行動を共にしているのかもしれない。破面や誰かに襲われたのなら彼は必ず反撃するし、技術開発局が敵を捕捉出来るだろう。その可能性は低い。浦原隊長のところに身を寄せているのなら朽木さんも織姫ちゃんも居場所を知らないというはずがないし、彼が行く場所は一つしかないように思えた。

『うちの娘に何しとんねん』

彼は敵ではない、と思う。背中に霊圧が触れた瞬間に、そう思った。藍染隊長の思惑すら読めなかった私の、何となくの勘だ。もしくは希望的観測と言うべきか。何の意味もないのだと分かっている。それでも、その感覚を信じたい。
もしも彼が行方不明になった人達全員と一緒に居るなら、その中には副鬼道長がいる。霊圧操作の苦手な黒崎くんを私が探知出来ないような結界に隠すくらい簡単なはずだった。そして、黒崎くんが彼と共に居るのであれば、こんなに頼もしいことはなかった。

『藍染惣右介の真の目的が判明した』

山本総隊長からの突然の通信要請とその内容。それのみですら信じ難かった藍染隊長の離反は、波紋を大きく広げている。霊王という存在を実感を持って認識したことがないから、それを弑することに何の意味があるのかなんて想像も出来ない。ただの権力欲しさだなんて今更誰も思っていないのだろう。だから怖い。
尸魂界内で済む問題ならば良かったのに、狙われているのが空座町となれば人間である織姫ちゃんだって黒崎くんだって無関係ではなかった。それが何だか申し訳なくて、どうにかしなければと一層思うのだけれど、その気持ちは空白があるように軽くて、上手く抱えることが出来なかった。

『今回貴方のような中途半端な方は足手纏にしかなりません。大人しく尸魂界にお帰んなさい』

『香波は死にたいの?生きたいの?』

―――わからないよ、そんなの。

阿散井副隊長は旅禍の少年と修行をしているのだと聞いた。朽木さんは織姫ちゃんと十三番隊の稽古場へ向かったらしい。それ以外の先遣隊は皆ここで刀との対話を試みている。話しかけても返事のない斬魄刀を抱えて立ち尽くすのみなのは私一人だ。彼女が応えてくれない理由が分かっているから、これ以上どうすることもできない。

私は誰よりも中途半端だ。今までただ自分一人の為に生きてきた。世界の為になんて大義名分掲げられない。ただ織姫ちゃんや黒崎くんを守りたいと思っても、その感情は漠然としていてその為に死にたいなんて覚悟は決められなかった。それでもその過程で死んでしまうならそれも有りだなんて思っている。それが心底嫌だった。

「……っ!」

ズ、と突然背筋を氷が這うような感覚がして、私は顔を上げた。香波?とこちらを振り向いた乱菊さんも、何かが割れるような音と同時に空を仰ぐ。全員が一様に見上げた上空に、亀裂が出来ていた。長閑な現世の風景の中で、それは異様な空気を放っている。

「破面…!?そんな、早すぎないか…!?」

声を上げたのは綾瀬川五席だったけれど、そう思ったのは恐らく全員だった。総隊長の話では、決戦は冬ということだったのに。眉を顰めて私はすぐに義魂丸を飲み込む。
霊圧は四つ。こちらの数は五。これだけ派手な登場をすれば、阿散井副隊長や朽木さんもすぐに合流してくれるだろう。七対四ならば単純に数で勝るこちらが有利なはずだった。例え、前回の襲撃よりも全体の霊圧が高かったとしても。

四体のうちの一体はグリムジョー・ジャガージャックだった。彼は即座に空を蹴ってどこかへ行ってしまったけれど、追おうにもまず残った三体をどうにかしなければならなかった。グリムジョーの目的は恐らく黒崎くんだろう。そちらは阿散井副隊長や朽木さんがいる。状況を見て彼らは必ずそちらに向かってくれるはずだ。

―――今はまずこちらを倒さなければ。

これは前哨戦だ。たった四体の破面相手に、数で勝るこちらが負ける訳には行かなかった。この先を戦い抜く為に、出来る限り損害を抑えて勝利しなければならない。

真っ先に斬りかかったのは日番谷隊長で、響いた鈍い剣戟を皮切りに全員が義骸を脱ぎ刀を抜く。

「十番隊隊長日番谷冬獅郎だ」
「奇遇じゃねぇか、俺も10だぜ。破面No.10、ヤミーだ」

大きい一体は彼に任せて、それ以外の四人で残り二体に向かった。私と乱菊さんは不思議な雰囲気を持つぺたりと座り込んだ一体を、班目さんと綾瀬川五席は小柄な一体を。

「君も…十刃か?」
「そーだよ。名前はルピ。階級はNo.6」

ちらりと背後で聞こえた会話に、ほんの少し顔が強ばった。セスタ、と以前にも同じ数字を名乗った破面が居たことを知っている。私と黒崎くんしか相対しなかった。現れてから即座に姿を消してしまった一体。
階級は変動するのだろうか。絶対的なものではなく、相対的なものなのかもしれない。死神が成長するように、破面もまた成長をするのだ。あまり嬉しい事実ではないけれど。

「こいつ切っちゃって良いのかしら…?」
「油断したらだめですよ」

乱菊さんと距離を取りながら抜いた刀を構えて立つ。破面はそっぽを向いたままこちらを振り向きもしない。私達のことは全く気にならない様子だった。どうやら鳥を見ているらしく、しゃがみこんでじっと見つめる姿はまるで幼子だ。殺気も感じない。それが彼の策なのか素なのかすらも分からないけれど、どちらであっても敵として現れた以上戦うことに変わりはなかった。

その一挙手一投足を見逃さないように身構えた私達の背後で、既に二組の戦闘が始まっていた。

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