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青すぎた空


うっすらと開けた瞼の隙間から、鬱陶しいほど爽やかな明かりが溢れていた。寝起きで重い腕を持ち上げて額に乗せる。数回瞬きを繰り返すと、少しずつ覚醒を始めた脳が現実を認識し始めた。
ああ、今日も良い天気だ。
外に出なくてもわかるほど、窓から差し込む光は鮮やかだった。今日こそは、今日こそは、と過ごしていた百年だったけれど、きっと今日も昨日と同じ日の続きなのだろう。うんざりしつつ体を起こすと、頬を伝って何かが零れた。覚えていないけれど、夢を見ていたのかもしれない。

「…………」

細く細く息をついて、寝台の横の置時計に目をやった。まだ起きる予定の時間には、少しだけ早かった。


肩甲骨を過ぎたあたりの髪を、右手側に寄せて一つに結う。変わり映えしない髪型だけれど、これが一番楽だった。きゅ、と紐を固く絞って、文机に目をやる。百年間毎日つけ続けた赤い花の髪飾りは、色褪せることもなく咲き誇っていた。手のひらに乗せると、薄く香る甘い匂い。

「……馬鹿みたい」

呟いた声は、掠れて空気に溶けた。本当はそんなふうに思っていないくせに、そう言わざるを得ない状況だ。それが本当に馬鹿馬鹿しい。いっそ捨ててしまえたらと思うのに、そうしたらきっと私は生きていけない。相反する感情に、壊れてしまいそうだ。
ぱん、と大きな音を立てて頬を叩く。今日もこれから仕事だ。呆けてなどいられない。切り替えなければ。
喝を入れ、大きく息を吸った。捨てきれなかった赤い花びらを、髪に差して。



「お。早いな、桜木谷」

いつもどおりに朝食を食べ終えると、起きた時間が早かったせいかいつもよりも時間が余ってしまった。とはいえ、特に自室ですることもなく、どうせ大した時間でもないのだから散歩がてらのんびり出勤しよう。そう思って詰所に向かったところだった。早々に背後から声をかけられ、私は足を止める。

「よっ」
「檜佐木副隊長」

怖い目つきで人好きのする笑顔を浮かべた彼は、直属の上司だった。小走りに駆け寄ってきて私の隣に並ぶと、当たり前のようにゆっくり歩き始める。どうやら歩を合わせてくれるつもりらしい。私は少し遅れるようにして、彼の斜め後ろについた。

「いっつも時計かと思うくらい時間ぴったりに隊舎に来るのに、どうした?」
「ただの気まぐれです。ほんの少し、早く目が覚めたので」

首を竦めた私に、彼はふーんとだけ呟いた。その一言で話題が尽きたのか、沈黙が流れる。四席という立場上の話をすることはあっても、そもそも日常会話などほとんどした試しがなかった。私は基本的に誰にも合わせるつもりはないので、九番隊に配属されて暫くは気を使って話しかけてくる人もいたけれど、今ではそれもほぼ皆無だった。檜佐木副隊長は未だ、こうして見かければ話しかけてくれるものの、すぐに話す内容もなくなって静かな空気が流れる。良い人だとは思うし申し訳ないと思わないでもないが、そろそろ学んで欲しかった。

「……いい天気だな」
「そうですね」

恐らく、絞り出した精一杯の話題だったのだろう。一昨日だか一昨昨日だかも同じように天気の話を振られた気がする。もしかしたら、彼は天気予報士にでもなりたいのかもしれない。
頷いて少し顔を上げると、雲一つない青空だった。記憶の中のあの日と同じで、まだ思い出せない夢の中にいるように錯覚してしまう。くらくらするほど眩しかった。
堪えきれずに、私は、と声が漏れた。目を閉じても、光は瞼を赤く染める。

「……私は、晴れの日は嫌いです」

何でもない一言だった。こんなに青い空の下で、夢か現かわからなくなるような状況が耐えられなくて、何か口に出さなくてはいられなかった。驚いたような顔で、檜佐木副隊長がこちらを振り向く。眩しさに目を細めていた私の、既に俯き気味だった視界にちらりとそれが映った。

「……そう、か」

反応に困ったのだろう、曖昧に彼は頷いた。何でだよ、とか、変な奴だな、とか、そういうことは言わなかった。距離を測りかねているのだと、頬を掻く指先から悟った。だから余計に、私の唇が動いたのかもしれない。

「雲量9くらいが丁度良いです。……眩しいのは苦手なので」

きょとんとしたように間が空いた。お互い歩きながらで、少しだけずれた隣同士で、それは不思議な空間だった。変なことを言わなければよかった。いつもどおり、何も話さずとも普通にしていればよかったのに。そんな風に後悔し始めていた次の瞬間、檜佐木副隊長は突然吹き出した。きょとんとするのは私の番だった。

「なんだお前、よく喋ると思ったら」

何がそんなに面白かったのか、彼はくつくつと笑い続けていた。軽く眉を顰めると、悪い悪い、と悪気のなさそうな笑顔が帰ってくる。そんなに笑って、頬の傷は引き攣ったりしないのか。というか、やはり変に気を回した私がおかしかったのだ。余計なことなど、

「いや、その方が良いよ」

ひとしきり笑い終えたのか、檜佐木副隊長がはーっと息を吐いた。言っている意味がわからなくて、私は更に眉根を寄せた。彼は歩みを止めて、私に向き直った。倣うように、私も足を止めた。

「ずっとそうしていればいいんだよ」
「言っている意味がわかりません」
「何が好きとか何が嫌いとか。もっと言えばいいってことだよ」
「……それに、何の意味が」
「意味なんていらねぇの。俺はお前のそういう話を聞きたいっつってんだよ」

その声が。
いつかの彼の声に重なって、無意識に拳を握った。違うとわかりきったデジャヴ。期待するだけ無駄なのだと、私は既に知っている。けれど、それがあまりに突然で、あまりに久しぶりで、混乱してしまったのだと思う。空の眩しさも手伝ったのだろう。地面がぐらつくような気がした。立っているのがやっとだった。

「…そんなもの」
「あーまぁ、桜木谷にとってはそんなもん程度なのかもなぁ」

いつの間にか、そこは詰所のすぐ前だった。檜佐木副隊長が足を止めたのは、私のためではなくそのためだったのだろう。私の様子の変化には気づかなかったのか、彼はそのまま扉を開けた。おはようございます、と別の誰かの声が部屋の中から聞こえた。私はふらふらする足を袴に隠して、室内に入る彼の後に続く。追撃がないのが救いだった。

『いつも、そうしていればいいのに』

苦笑するみたいに笑った優しい顔が、消したいくらいきらいのに消えてくれない。

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