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帰りたいと鳴く鳥


その後私達は、和菓子屋さんを覗き水まんじゅうを食べ(やちるちゃんは一人で3個も食べた)、定食屋さんに寄って昼食を摂り(べっぴんさんばかりだからーなんて言っておじさんがデザートをおまけしてくれた)(班目さんの分はなかった)、呉服屋さんに入ったり(着せ替え人形のようにたくさん試着させられた)、こんなに今日という日を満喫した人なんて他にいないんじゃないだろうかというくらいたくさんのことをした。そうして、足が疲れたからという理由でそのお茶屋さんに辿り着いたのはもう夕焼けの頃だった。

「…っはー!疲れた!」
「いっぱい歩きましたね」
「ねー!」

ぺたりと三人並んで長椅子に腰掛ける。緋毛氈が柔らかくて、立ちっぱなしで疲れた体を休めるには丁度良かった。何故か少し離れた位置で未だ立っている彼に、班目さんも座ればいいのに、というと、「こんなもんじゃ疲れねぇよ」なんて意地っ張りの答えが返ってきた。

「いーのよ、座りたくないって奴無理に座らせなくても」
「つるりんはかっこつけだからー」
「別にかっこつけてねェよ!」
「そうですよやちるちゃん。別にかっこついてないですよ」

何の気なしに言った言葉に鋭い視線が返ってきたので気がつかないふりをして品書きを見る。シンプルなそれには抹茶といくつかのお団子しか書いていない。

「お茶は人数分頼むとして、皆さんお団子如何なさいます?」
「あたしあんこのやつ!」
「あたしみたらしー」
「班目さんは?」
「……みたらし」
「じゃあ、お茶四人分と餡団子とみたらし団子2つずつお願いします」

店員さんは人の良さそうなおばさんで、はいよ、と明るい返事をして奥へ下がっていった。その背を見送ってから、私は両足をぐっと伸ばす。そんなに長く歩いていたつもりはなかったけれど、慣れない下駄のせいかいつもより足が痛かった。横並びに座った乱菊さんが、やちるちゃん越しに「痛い?」と声をかけてくれる。軽く苦笑すると、そうよねぇ、なんて笑い声が返ってきた。

「あたしも、こんなお休み満喫したのひっさびさだわー」
「そうなんですか」
「何よその顔」
「いえ、……何かちょっと意外だったので」
「乱菊さんはお休み前はお酒いっぱい飲むから夕方くらいに起きるんだよー」
「ちょっとやちる、余計なこと教えないでよ」

前のめりにやちるちゃんを避けていた乱菊さんに被せるように、やちるちゃんも前屈姿勢になる。もう、と息をついて、乱菊さんは背を伸ばした。

「今日はたまたま昨日『香波ちゃんと遊びに行くのー!』なんて言われちゃったからね」
「はぁ」
「『何それ面白そう!』ってすぐに食いついてきたんだよ!」
「だって面白そうなんだもん」

どう返したら良いか分からずきょとんとするしかない。面白そう、という点は否定しておくべきなんだろうか。そもそも、実際私は面白くできたのだろうか。思わず考え込んでしまっていると、店員さんが注文した品を届けてくれた。ちょうどよく思考も会話も途切れる。

「あんこの人ー」
「はぁーい!」
「みたらしの人ー」
「あたしー」
「……返事しないとあげませんよ、班目さん」
「わかってんなら返事いらねーだろコラ」

それぞれに手渡すと、キラキラした笑顔二つ、むすっとした仏頂面一つ。せっかく美味しそうなお団子なんだから、もっとニコニコしたらいいじゃないですか。そう言うと、お前に言われたくねぇよ、なんて不機嫌な声が返ってきた。なるほど一本取られた。心の中で呟いて、私は手元のお茶とお菓子を膝に置く。いただきます、と手を合わせてとなりを見れば、もうやちるちゃんも乱菊さんも食べ始めた後だった。

「そういえば香波は普段休みの日どうしてんの」
「寝てます」
「他は?」
「ここ最近はどこかに行った記憶はないです」
「じゃあ本当に寝てるだけ?」
「それが多いですね」

一心不乱にお団子を食べるやちるちゃんを挟んで、乱菊さんが目を見開いた。そんなに驚くことではないと思うのだけど。つまらない生活だと言われてしまえば否定する言葉もないが、他にすることもない。

「変わってると思ってたけど本当に変わってるのね」
「そうでしょうか」
「んー、まぁあたしの感覚的に、だけど」

言って、乱菊さんはお団子をかじる。私も同じように手元の餡団子に口をつけた。控えめな甘さが口に広まって、思わず目を閉じる。和菓子屋さんの水まんじゅうも美味しかったけれど、疲れたときにお茶とともに食べるお団子はまた格別だった。
こんな感覚は久しぶりだ。というか、先日の飲み会以来『久しぶり』な出来事が多すぎて頭がついていけていなかった。そのせいか最近眠りが深くて、あの夢も暫く見ていない。それが嬉しくもあるし、寂しくもあった。

「あ!」

突然、隣のやちるちゃんが長椅子を飛び降りた。彼女の手にあったお団子は既に串だけになって皿に置かれていて、私や乱菊さんが話している間に食べ終えたのだと気づく。どうしたの、と乱菊さんが声をかけた。

「ケンちゃんのおみやげわすれた!」

やちるちゃんは大きな声でそう叫んで、そのまま来た道を駆け戻っていく。思いも寄らないその動きにきょとんとしていると、いち早く我に返った乱菊さんが立ち上がった。

「ちょっと!待ちなさいやちる!」

その声が聞こえているのかいないのか、やちるちゃんは振り返りもしなかった。もう、と悪態をついて、乱菊さんは残っていたお団子を一つ口の中に放り込む。もごもごと口を動かして、片頬をふくらませたままちらりと私を振り向いた。

「ちょっと待ってて」

呼び戻してくるから、と言い残して、乱菊さんは走り出してしまった。その背を呆然と見送って、私は困ったように頬を掻く。後ろから見ているとはためく裾がとても心許ないが、彼女はきっと気にも止めていないのだろう。二人の背中はすぐに雑踏に紛れて見えなくなった。

「ったく、騒がしい奴らだな」

我関せずだった班目さんが呟いた。ふと見ると、彼も既にお団子を食べ終えていて、空になった皿を手にお茶を飲んでいる。長椅子には私一人しか腰掛けておらず、先程まで埋まっていた場所の赤が鮮やかだった。一人でこの椅子を占領しているのは些か申し訳なくて、私は班目さんに声をかけた。何だよ、とぶっきらぼうな彼に、隣を示す。その目が丸く開いた。

「隣座りませんか」
「……別に構わねぇけど」
「良かった。この椅子に一人はちょっとあれなので」

あれって何だよ、と彼は笑った。ずっと仏頂面しか見ていなかったので、何となくそれにほっとする。どさりと隣に腰掛けた彼に、私は小さく頷いてお団子を頬張った。
雲の浮かんだ空は、もう青ではなくて真っ赤だった。

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