俺はお前で、 | ナノ

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※【第四部】僕と君は、 の忍足視点の話です。




俺は彼がここに転入してくる前から嫌われて虐めと言うものを受けていた。
別に今回の虐めが人生で初めての事ではない。過去にも虐めを俺は受けた経験がある。俺は今までいろんな学校を転々としていた。俺が転入した先で上手く過ごしていたと言っていいのは転入期間の極端に少なかった時の学校、つまり学校の生徒と関わる期間が少なかった学校で俺は学校生活を円滑に進めることが出来たのだ。逆に言えば長い期間その学校に滞在したらその先で虐めを受けてきたと言うことになる。実際そうだ。
何故そんなことが起きたのかって?簡単だ。俺の才能を恐れて、妬んで、その結果がイジメだ。なんて簡単なサイクルなんだ。期間が短ければ俺の才能にたいして生徒は尊敬してくれる。「お前ってすごい奴だな」と。そう言われたら俺は「そんなこと無い」と謙虚に返していた。いや、謙虚なんかじゃなかったかな。事実をそのまま言っていたから。そつなくこなす位なら実力の60%も出さないですることが出来るのだから。60%の力に対して「凄いね」と言われたら「そんなこと無い」と答えるしかないだろう。それ以外にどう答えればいいと言うんだ。
期間が短ければ、その本気を出さずに人並み、またはそれ以上の事が出来る。と言う事はバレない。バレる前に転校になるからだ。けれど期間が長ければバレてしまう。バレない様に気を付けていても、子供の直観は聊か恐ろしいものがあった。一度バレてしまえば「こいつは本気を出さずに俺達を見下して」と勝手に怒りを買ってしまう。だったら感づくなよと毎回思っていしまうのだが。
そう言う事で人の妬みを買いやすかった俺は、小さいながら人の汚い場面を見る事が多かった訳だ。謙虚過ぎるのもいけなかったのか、と思ってドヤ顔をして本気を出してみたこともある。これも言わずもがな駄目だった。化け物、と言われた。これもまたいい思い出だ。

友達を作った。
その中で本気を出さなかったらバカにしているのかと罵られ、本気を出したら化け物めと言われ、八方塞四面楚歌の完成だ。

中学に入って俺は一度も転校転入をしなかった。親にくっ付いて転校して世話にならずともある程度の事を自分で出来るようになったから転校する必要性が無かったからだ。
ある意味俺は楽になったと思った。前言と矛盾している方だが、楽になったのは事実だ。転校は疲れる。新しい環境に強制的にぶち込まれ、慣れたと思っているのもつかの間。すぐに転校することになる。自分ではどうとも思っていなくても、知らない間に精神的に疲れていくのだ。その点を考えたら氷帝学園に三年間在学したことについては楽だった、と評価する。
それだけを聞いた人からは頭おかしいのではないか、と思われるかもしれないが、今まで虐めを受けてきた人間にとって虐めは生活の一部の様なものである。決していい気分はしないが、慣れてしまうのだ。感覚が麻痺してくると言ったら的確か。それとも狂ってしまうのだ、と言ったら的確か。そんな感じである。
周りの人だってそうだ。始めの内は俺を虐めたら駄目だろう。人を虐めたら駄目だろうと感じて庇って繰れた人間は居たが、日にちを重ねる間に誰も庇わなくなった。当たり前のように思えてきたのだろう。俺が虐めを受けていることは当たり前だ。そう思い始めたのだろう。そう思ってくれて構わなかった。むしろそう思ってくれたことに関して俺は感謝した。

庇わなくていい。俺を放っておいてくれ。
仲良くしなくていい。後から俺を裏切ってしまうのならば。


俺が氷帝に入学した際、テニス部に遊びに行った際、とても驚いた。あの天才は誰だと。俺を遥かに凌いでくれるあの天才は誰だ、と。俺以外の天才なんて初めて見た。
そんな気持ちと同時にいきなり天才だと誇示してこいつの学園生活は大丈夫なのか、と哀れみを込めて考えていた時もある。恨みを買うんだろうな、妬みを買うんだろうな、と。けれど俺の予想とは反して跡部は生徒会長にまで上り詰め、全生徒の指示を受ける人気者になっていた。恐怖でもない、投げやりな感情でもない、善意を込められた憧れの指示を得ていた。過去の俺と同じように自分の本気を見せびらかしたと言うのに、跡部は化け物扱いされていない。カリスマ性を持った神童と扱われたと言っても過言ではない。
俺と同じなのに、俺はなんで化け物扱いされたんだとその時の俺は跡部を憎んでいた。けどすぐに俺の中でその感情は消えた。俺と跡部は別格なんだ、と心の整理がついたからである。そう思ってしまえば簡単だった。跡部が俺と違う扱いを受けていても、跡部が俺と同じことをしても俺と違い敬われることも、全部素直に受け止めることが出来た。
そう思い始めて俺は跡部を尊敬していたとも言えるかもしれない。良くある「俺達に出来ない事を平然とやってのける。そこに痺れる憧れる」 ってやつだ。誇示しても嫌われることのない本当の天才も居るんだ。と俺は正直に感動した。跡部と並んで入れることを誇りにも思ったりしていた。また俺が入部したテニス部は秀才。特にレギュラー陣の才能は他の人を凌駕していた。まぁ跡部は置いといて、俺も舌を巻く位の才能を持った輩の集まりだった。その中に俺が居ることで俺の存在も薄れていくことを願ったが、そう上手くは行かないらしい。そもそも俺の性格にも難があるようだった。それはしょうがないから放置した。

そして俺はあることを知った。跡部をよく思っていない輩がちらほらと言う事を。そいつは俺の事も良く思っていない輩で時々俺に嫌がらせをしてきた輩だった。こいつらの事は何とも思ってはいなかったし、どうでもいい事だったから存在自体を無視していたがこの時は違う。跡部に対しても負の感情を抱いていると言う事で俺は無視することが出来なかった。足を止めてそいつらの言い分を聞いてみた。こいつらの言い分はこうだ。「自分たちより優れている奴が妬ましい」そんな理由だった。その理由は聞き飽きる位聞いた。しかしそれを感じさせないのが跡部だったはず。いや、跡部の別格さすら分からない輩がほざいている戯言なんだと、俺は少し憐みを感じたりした。続きを聞くと跡部に手を出したら跡部グループが黙っていないだろうから止めておこう。と言った。阿呆ながら理解しているようだった。そこは評価した。
しかしその次だ。その次に吐いた台詞に俺は戦慄すら感じた。「テニス部レギュラー、アイツらの存在がウザい。有志を募ってやっちまおうぜ」そんな言葉を吐いた。俺はどうしようもなくなって、そいつらの前に対峙した。いきなり登場した人物に驚きを隠せなかったようだが、俺だと分かると嘲り笑った。「虐められに来たんですかぁ?」と語尾を伸ばす様な阿呆丸出しの台詞だった。それに対し俺は「さっきの言葉聞かせてもらったでぇ?止めとき止めとき、自分らじゃ歯牙にもかけられへんて。まぁた雑魚が吠えとるって思われるだけや。少なくともこの俺は、そう思っとるでぇ?なぁ?跡部財閥に恐れをなして尻尾を巻いて逃げる子犬ちゃん?ん?あれ、ちゃったか?やっちゃかー。阿呆の考えることはやっぱ分からんわぁ。」とかそんなことを言った気がする。とりあえず、こいつらを散々煽って煽って、テニス部を対象にした虐めを俺だけを対象にするようにした。こいつらは阿呆だからすぐにのってくれた。取りあえずこいつらは天才を虐げたいんだ。虐げて悦に浸りたい。そんな癖の持ち主たちなんだろう。反吐が出る。けど、俺一人でテニス部を守れるならどうってことない。むしろ両手を広げて大歓迎だ。テニス部の連中には才能を広々と広げて欲しい。人間の嫉妬心なんて感じなくてもいい。そんな感性はあるだけ損な人生になる。歪んだ考えしか持てなくなる。俺は俺みたいな人間は居なくなってほしい。少なくとも俺の目の届く範囲には居なくていい。それがチームメイトなら尚更だ。
さて、思惑通りに行ったのは最初だけ。上手くいかなくなったのは跡部をはじめとするチームメイトが原因だった。俺が大々的に虐められていると言う事を知られてしまったのだ。ひっそりと知られずに事を進めてきたはずだった。「どうして言わなかった」とか「そんなに頼りないかよ俺達は」とかそんな感じで攻め立てられた気がする。とても嬉しかった。俺はこんなにも思われているんだと。けど言えない。言えるわけがない。俺はお前らを庇って虐めにあっていますだなんて言えない。言わない。だから俺はこう言った。「関係あらへん。放っておいてくれ。」と、自分なりにとても冷たい言葉を冷めた表情で言ってやった気がする。その時の岳人の顔と言ったら、絶望を表現したようだった。宍戸の顔をみたら怒っているようだった。滝の顔をみたら悲しそうだった。跡部、跡部は顔を醜く歪めていた。そんな表情を見た俺は居ても経っても居られなくなって皆の前から逃げた。逃げた。その後何回も俺に接触を図ってきたけど俺は逃げた。逃げるうちに癪に障り始めたのか、追ってこなくなった。最後まで追ってきたのは以外にも跡部だった。跡部は何度も俺にアドバイスをした。その度に俺は聞く耳を持ちません。そう言った態度を示した。追ってきた。逃げた。逃げた。逃げた。俺は逃げ切った。跡部も俺に愛想を尽かした。それで良い。これで良い。これで思惑通り、思い通り、俺はあいつ等を守ることが出来たんだ。

この均衡を保って少しして、彼が現れた。転入生だと言う。通りで見ない顔だ。見ない顔を見ると俺の背筋は凍った。彼の目は何を考えているのかよく分らない目をしていた。何を見ているのか、何処を見ているのか、何を思って俺と対話しているのか分からなかった。彼はこの現状を引っ掻き回す存在ではないのか、と俺はなんだか危惧してしまった。そんな阿呆な。こんなぱっと出の彼に俺の苦労を無に還されてたまるか、と俺は思った。だから突き放した。
それに跡部の息がかかっていた。抜け目ない跡部、流石だと思った。そんな彼を俺に巻き込んだら最終的に跡部に情報が行くだろうとも考えた。俺はここまで疑い深い人間になったようだ。

次に彼に出会ったのはその日の内。予想外のところで暴行を受け気を失っているときに彼に保健室に運ばれたらしい。よくそんな体力無さそうななりをして俺を運べたな。と正直思った。俺の筋肉量そんなに無いのかな、と筋トレをし直さないとダメか?とも思った。いや、違う違う。ここはどうして俺なんかを保健室に運んだのかが問題なんだ。現実逃避とはこう言う事か。そんな無駄な事を考えながら、俺は彼と会話した。久々に人と話をした気がする。会話はしたが気分を害した。予想通り彼もこの現状を批判する人物だった。予想はしていたがとても腹が立った。何故だろう。なんだが、自分自身に否定された気がしてとても腹が立ったんだ。自分自身なはずないのに。何故だ。彼も眼鏡をしているからなのか?そんな阿呆な。冗談はさておき、本格的に彼を追い払わないといけない。いつもの様にさし伸ばされたを払う作業。今回ばかりは骨が折れる作業だと覚悟した。自分自身を説得する位の意気込みで行く方がいいな、とも身構えた。けれどもなんだかすんなりと納得してくれた。拍子抜けだ。俺の言葉に反論する訳でもなく彼は少し驚いた表情を俺に向けるだけだった。

俺は前述の事もあり、関わってくることはないだろうと思っていた。思っていただけだった。俺の思いに反して彼はことあるごとに俺にくっ付いてきた。昇降口で会い、食堂で会い、俺の教室の前で会い、中庭で会い、テラスで会い、何がしたいんだ。と正直思った。
それから階段の踊り場で俺自ら彼に会いに来てしまった。これは誤算だ。ここを通らなければよかった。けれど通ってしまったのはしょうがない。関わってしまって会話をしてしまったのもしょうがない。けれどタクシー扱いされたことは解せない。いや、俺も過去に彼をタクシー代わりに使ったようだからイーヴンか。いや、やっぱり解せない。それから保健室で黙々と手当をした。これで貸し借りなしだ、とも言いたかった。そうだ。借り貸しなしだ、と言うのであればあの時俺は根掘り葉掘り聞かれた。だから聞き返しておこう。これでイーヴン。うん、イーヴンだ。
彼の考えを聞けば聞くほど頷いてしまう。聞けば聞くほど他の事も聞きたくなってしまう。彼の言葉は本当に彼の口から吐かれているものなのだろうか。けれど、自分が吐いているのではないかと思わせる台詞ばかりだった。だから納得が言った。彼が言った、「自分と俺とが似ている」と言う言葉。彼にとったら俺に似ているなんて不名誉でしかないだろう。けれど俺はなんだか救われた。俺と同じような価値観を持つ奴でも彼みたいに真っ直ぐに誰かに手を差し伸べることが出来ると言う事実に俺は酷く心を打たれた。俺も彼みたいに手を真っ直ぐに差し伸べてみたかった。けれど俺が同じようなことをしたらチームメイトにとったら迷惑極まりない手だろう。こんな腐りきった手。こんな手を差し伸べられたら俺だったら払いのけている。よくよく考えれば彼は俺に関わることによって俺と似たような境遇に立たされている。それに転入してきたと言う事は、跡部でさえも危惧する極悪な難易度を誇る転入試験にギリギリであっても合格したと言う事であって、彼もそれなりに才能を持っている人間のはず。その人間がこんな虐げられる立ち位置には耐えられないはずだ。こんな境遇になった原因の俺を攻め立てても許される位置に居るはずなのに彼は俺に何も言ってこない。何も言ってこないどころか俺に手を差し伸べる。どれだけ人として完成しているのだろう。俺も彼と同じであれば俺もそんな風になれるのだろうか。
そして彼は俺と跡部達との話し合いの場を設けると言った。本格的に俺と跡部の間を解消するつもりでいるらしい。それは勘弁してほしいところだ。けれどまぁ今更話し合いをしたところでどうこうなる関係でもないし、それ以前に心を閉ざせば跡部の言葉なんて右耳から入って左耳に抜けていく。彼には悪いが、この関係を崩すわけにもいかないから適当にこなさせてもらう。いや、話し合いを設けるのは俺?は?俺は跡部にコンタクトを取らなければならないと言う事を彼はさらりと言いのけやがった。別に跡部は苦手でもないから話しかける事は苦にならないのだが、跡部が俺のことを憎んでいるとか負の感情を抱いていると言うことが問題なんだ。けれど彼は既に戦争でも起こすのかと言う位の意気を見せていた。これは期待に最低限応えなければ。それに当日手を抜くと言う計画があるから少しでも罪悪感を減らす様にここはちゃんと言われた通りにしておこう。

俺が跡部に話し合いをしようと言いだした瞬間。跡部は有無も言わさず時間、場所を指定してきた。あちらはとてもやる気満々らしい。俺、逃げる気満々なんだけどな。指定された時間とかを彼に伝えると目と目があっていたはずなのに、彼の旋毛と目があった。いや、彼が頭を抱えただけだ。彼には彼の思惑があったらしい。とてもやる気満々だったようだ。実際言い出したのは彼だからやる気はあった。だったら俺の存在要らなくないか?そんな疑問も感じてしまうが彼は俺の事をとりあえず考えての行動だ。俺はそれなりに応えよう。とりあえず。彼の存在で俺はここまで心の余裕が出来たわけだし。っておい俺。どうして彼に俺の考えをさらっと言ってしまっているんだ。恥ずかしい事をなんで俺は言ってしまったんだ。あれか、きっとあれなのか。彼は俺に似ている、似すぎているから俺の持論を簡単に口にしてしまったんだろう。なんと言う事だ。とても不思議な体験をした。あれだけ頑なに言いたくなかったことだと言うのに、彼は話術に秀でているのか。いや、言っていることは他人からしたらちんぷんかんぷんなことだと彼自身が言っていた。では何故?考えれば考えるだけ思考の深みに嵌っていった。考えれば考えるほど今の俺が望む答えから遠ざかっていった。
俺に似ているのならば、何故。何故彼は俺に手を差し伸べたのか。
俺がもし俺の様な境遇の奴が目の前にいたとする。俺は手を差し伸べるか?答えは否だ。我関せず。しかも転入初日関わるなと言われた奴が目の前に居る。興味本位?興味本位だとしてもリスクが高すぎる。興味本位と言うなればこの氷帝学園の設備の充実した原因を興味本位で調べればいい。まぁ跡部のせいなんだけどな。それは。興味本位でなければ何故か。確か彼はエゴだと言った。エゴ。俺と同じならばそのエゴは自己犠牲。彼は自己犠牲で俺に近づいたのか?いや、自己犠牲ならば身代わりになる位ならする。自己犠牲でなければ、偽善?いや、偽善で片付けられないことも散々あった。だったらなんだ。メリットのあることでなければ人は手を貸すことをしないはず。けれど彼ほど人間が出来ているのであればデメリットを抱えながら事を運んでいくこともあるかもしれない。あれ?俺って彼と似ていると評価されながら俺は彼の事をほとんど知らないではないか。知ろうとしなかったこともあるのだろうけど。情報が圧倒的に少ない。知っているのは彼の名前、クラス、彼が俺に似ていると評価したことだけ。今までの過去も知らない。そもそも彼の言葉の節々に友哉と言う言葉がある。彼の友達なんだろう。きっと彼と俺の大きな違いはそこにある。その友哉と言う人間が彼を形成しているうえで大きな役割になっているんだろう。俺にはそんな人物は居ないから彼の事を逆に評価しとうとしても不可能なんだろう。けれど彼はそれを踏まえた上で俺と似ていると言ったはず…けど……嗚呼、分からない。

スキル発動、心を閉ざす。
こうでもしなけりゃ跡部と面と向かえない。跡部はインサイトを持っている、俺の考える事なんて筒抜けだろう。だから閉ざさしてもらう。別にここまで跡部が俺の事を嫌ってくれているのならば俺が影でこそこそやっていることに関しては口を出してこないだろうけど、年には念をってやつだ。俺が心を閉ざせば跡部は苛立って話し合いに何かならないから。もう何度もこんな光景を見てきたから予想通り。いつもと違うのは彼がこの場に存在していると言う点だ。彼には悪いけど俺は逃げさせてもらう。卑怯な俺には最高の手段だろう。ここまで顔を立ててやったし、いいだろう。こんな事では怒らないと勝手に過信させてもらう。
っておいおいおい、跡部を挑発した、だと?そんな人間初めて見た。考えることは多分、跡部から口を割らそうとしているのだろうけど、それは無理矢理過ぎやしないか?跡部は安っぽい事には乗らないと言うか返り討ちに遇うのがオチ…でした。公開処刑をするとは跡部もえげつない。過去に何度かテニス部に対して不穏な動きをしていた輩もいた。それは跡部に見抜かれて事件にはならなかったが、確かあの時は不穏な動きをしていた輩の幼稚園の時の卒園文集を校内放送で発表だったかな。あれは地味にえげつなかった。あれは俺でも心を閉ざしても数日間立ち直れない自信はある。彼はいったいどんな事を調べ上げられたのか。彼には悪いけど少し興味がある。
興味がある、興味が…。
………興味本位で過去を知ろうとするな、誰が言った言葉だったか。正にその通りだ。彼にこんな過去が存在することなんて知らなかった。知っていたら、あんな無下に扱う事なんてしなかった。いや、もっと無下にしていたかもしれない。彼はその事件から生き延びてこの学園に来たと言うのであれば彼はここでは前の学校で得る事の出来なかった幸せをここで得るはずだったんだ。なのに俺なんかに関わって、俺も絆されて、もしかしたら自分自身を俺に投影していたのか。自分が虐めにあっているようで放っておけなかったとか。放っておけなかったと言うだけで自らも虐められる立場に立つだろうか。彼ほどの知識を持っている人だったらもっと影から自分は巻き込まれないようにしながら立ち回ることもできたと思うが。俺に接触してきた時点でそれは納得できない。
跡部がさらに言う。彼が受けてきた虐めを、俺が受けているものは生ぬるいと錯覚させるほどのもの。俺は彼がどんな人間なのかもっと分からなくなった。俺と同じならばそんな理不尽で不条理なもの受ける理由は無いから逃げるに限る。けれど彼は心を閉ざすなんて出来ないはずだから、真っ向から受けてきたはずだ。どうしてそんな真っ直ぐ居られるのか。どうして手を俺に真っ直ぐ差し伸べることが出来たのか。そんなの彼は…、いや、止めておこう。こんな事思うのは俺の柄ではない。彼をまるで正義のヒーローだと評価するなんて子供っぽくて出来るわけない。だからこの考えは保留にしよう。
彼はそんな過去を不特定多数の人にばらされようが冷静だった。人生を達観しているようだった。実際人間の汚い場面を見ていたから色々悟ったのだろう。分かるよその感覚。俺も同じだから。ってえ、友哉って言う言葉には反論するのか。どれだけ彼にとって大切な人なんだろう。しかも不良だろ。優等生としか見えない彼との接点がただの幼馴染。幼馴染なら、って俺には居ないんだ。幼馴染と言う人物はそれほど人の人格の形成に大きくかかわっているのか。友哉。一体どんな奴なんだろう。ここまで彼を怒らせる。不良だけどいい人?良い人…不良って良い人居るのか?居ないと思うのだが、彼がそこまで評価するなら不良と勘違いされた人物なのか。少し興味がわく。
と言うか今彼は何を言った?跡部がそんなことを考えていたなんて知らなかった。俺も跡部の様に誇示したら跡部の様に敬われる様になるなんて考えもしなかった。けれど俺と跡部は別格だから。跡部はその辺りをまだ理解してくれていないようだっておおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?何を言った。彼はいきなりの砕け過ぎた口調に度肝を抜かれたが、それ以上に俺の考えを全部言いやがった。いや、全部ではないか。けどそれだけの情報を跡部に与えたら全部バレてしまう。いや、もうバレた。俺はもう跡部から向けられたり他の奴から向けられる視線から居心地悪く目を泳がすだけしかできない。駄目だ…彼は怒りで我を忘れている。忘れないでほしかった。グッバイ俺の黙秘権。
俺が少し黄昏ていると彼は俺に話しかけてきた。先ほどの様な乱暴な言葉づかいではないが敬語ではない。きっと彼の通常の話し方はこちらなんだろう。そんな彼がお願いだ。と俺に伝えてきた。俺の気持ちをちゃんと彼らに伝えてやれと。いや、まず俺の心配をする前に自分の心配をしたらどうなんだ。顔面蒼白だぞ。そんな顔色初めて見た。それほど余裕がない証拠なのだろう。実際俺に言葉を伝えた時も心なしか早口であったし。彼はこのまま死ぬ…事は無しですかそうですか。彼は空気を確実に沈黙させてから部室から出て行った。誰も追おうとはしなかった。出来なかったと表現することの方が正しいかもしれない。付き合いの浅い彼はここから退散し残るは話の発端となったメンバーだけ。さて、少々気まずい。確かに伝えてやれと言われたが、伝えたところで恩着せがましいとか嫌われるのが落ちな気がするが。しかし跡部の方の言い分も少々ではあるが聞いてしまったし、考えを改める必要性も出てきたかもしれない。ちゃんと腹を割って話すって何か月ぶりだろうか。チラリと跡部の方に視線を向けてやれば跡部があからさまにそっぽを向いた。跡部も気まずいらしい。そりゃ勝手に考えを暴露されたらそうなるよな。分かるわその気持ち。俺もさっきやられた…って跡部は微妙に違くないか。明らかな説明不足だろ跡部は。けど、そんな跡部の様子を見て気が楽になったのは事実だ。俺は少しだけ表情を崩した。なんて声をかけようか。

「「なぁ…あ………。」」

嗚呼、可笑しい。

「跡部から話しや。俺もちゃんと話すから。」


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