(『赤ずきん』百遍くらい読み返してこい! な内容です)
こんこん、と深亜は祖母の住む家の戸をノックする。祖父亡き後も、住み慣れた家を離れることをせず、祖母はひとり森の中で暮らし続けている。
そんな祖母のもとへ訪れることが、町で家族と共に暮らしている深亜の日課だった。
返事のない戸をもう一度ノックし、深亜はノブを回した。鍵はかかっていない。
「おばあさま?」
家の中へ向けて深亜は声をかける。祖母はいつものように寝室にいるのか、返ってくる声はない。通いで来ている世話役の女性も留守にしているようで、しん、とした静けさだけが深亜を迎える。
森の中に入る人間など滅多にいないとはいえ、不用心だと思いながら深亜はそっと戸を閉めた。
手土産を近くのテーブルに置き、少し考え、深亜は祖母の寝室へ足を向ける。
眠っているなら顔だけ見て、祖母が起きるまでか、世話役の女性が帰ってくるまで待っていようと深亜は思った。
廊下を進み、祖母の寝室の戸を控えめにたたく。
「おばあさま、深亜です」
しばらく待ったが、やはりと言おうか、返事はない。
失礼します、と深亜は戸を開けた。
「…………」
少しの家具と、真っ白いベッドがあるだけの祖母の寝室。
しかし、深亜の目の前に広がったのは、家具もベッドも――床も壁も天井も、すべてが赤に染められた部屋だった。
「な、に……」
ふらりと、深亜の足が後ろへと下がった。
あまりにも凄惨な光景に、頭の中が真っ白になる。
なにも考えられず、ただその惨状を見つめる。
今にも膝から頽れてしまいそうな深亜の背が、なにかにぶつかった。
「――どげんしたと?」
深亜は肩を震わせた。
この家には、祖母がひとりで住んでいる。訪れる人間も深亜たち家族や世話役の女性だけだ。
初めて聞く男の声が、深亜をますます追い詰めていく。
「ああ――人間の娘さんには、ちぃと刺激の強すぎたか」
怖がらんでよかよ、と穏やかな声音と共に、身体に回された腕が深亜を抱き締める。
深亜は反射的にその腕を振り払い、反対側の壁を背に男と向き合った。
「!?」
深亜の目が驚愕に見開かれる。
見上げるほどの大柄な身体に、耳の位置から生える、人間のものではない獣のそれ。
自身を凝視したまま動かない深亜に、目の前の男はにこにこと笑みを浮かべる。
「遠くから見てもきれかったばってん、近くで見るともっときれかね」
「なに、言って……」
「あ、すまんね。さっきまで水浴びしとったけん、深亜まで濡らしてまったばい」
「……ど、して、わたしの名前」
「深亜のおばーさん、俺ん言うこつ聞いてくれんけん、ついカッとなってまって……ばってん、こっで俺らん邪魔する奴はおらんばい」
「っ、触らないで!」
伸ばされようとした手に、深亜は声を荒げた。
不思議そうな顔で、男は首を傾げる。
「深亜?」
「あ、なたが……あなたが、おばあさまを……」
「ん? なんね?」
「――――」
深亜はその場から駆け出した。
もう少し早くそうするべきだった。
男は、話の通じる相手ではない。
一刻も早く男から離れなければ――
「っ、あ……!」
足音も、気配すら感じられずに、唐突に腕を取られ深亜の身体が大きく傾ぐ。
「なんし逃げると?」
「い、や……離し」
「深亜はもう俺んもんばい」
その腕は鎖のように絡み、深亜を捕らえた。
姉がメルヒェンをエンドレスリピートするので、こういうネタが煮詰まってきた。
そしてテッテレ王子のパートを覚えてしまった。
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