愛の檻

「お帰りなさいオーブンさま!今日はわたし、夕飯を作ってみたんです…お口に合うとよろしいのですけれど」
「ナマエが?それは嬉しいな、例えどんな味でも全て食べきってみせるさ」
「まあ、わたしの腕を信じてはくださらないのね、ひどい方!」

でもそこが好き!だって元々料理なんかしなかったわたしの作ったものがオーブンさまの口に合うわけがないもの…本当のこと。オーブンさまは見え透いた嘘やお世辞なんて言わないで、その上でわたしの作ったものを平らげると言ってくださっているのだ。なんて素敵!まさに理想の夫!わたしはいそいそとキッチンへ行き、オーブンさま用の大きな器にスープを盛り付ける。ささやかな毒入りのスープを。そしてあらかじめ盛り付けていた自分の分を持って食卓へと運ぶ。勘違いしないでほしいのだが、これは何も悪意だとか殺意だとか、そういった下種な思考のもととっている行動ではない。これは愛だ。愛ゆえのことなのだ。わたしはオーブンさまを心の底から愛している!そりゃあ結婚する前は何もなかったとは言えない…というかむしろ家族ぐるみのすったもんだがあったけれど、そんなのは過去の話だ。今はどうでもいい。わたしがオーブンさまを愛しているというのだけが事実だ。ならばどうして毒なんか盛っているのかって?それは愛のためだと言ったはず。毒と言っても、とても死にはしない。常人が飲んだって2,3日手足が痺れる程度の可愛らしいものだ。オーブンさまくらいの体格なら効くかどうかもわからない…効いたらいいなと思うだけ。

「見た目は悪くないぞ」
「もう、そこは見た目だけでも美味しそうだと言ってくださいな」
「はは、嘘はつけない性分でな。いただきます」

ああ、飲んだ。お味はいかが?舌がぴりぴりする?しない?わたしがコショウを間違えて入れ過ぎたせいだと思うかしら?それにしても、笑った顔も本当に素敵!お仕事中の凛々しいお顔も大好きだけど。でも、オーブンさまって忙しすぎる!大臣なのだから仕方ないとは思いつつ、それでもわたしよりお仕事と長い時間を過ごすなんてなんだか悔しい。だから、ほんの少しだけ、ね?ほんの少し体調が悪くなって、明日はお仕事をお休みにして、わたしと過ごすって言ってくださらないかしら。

「スパイスが効いてるな。思ったより食べられる味だ」
「それは良かったです。次からは美味しいと言ってもらえるようにがんばりますね」

ああ、ダメだったみたい。仕方ない。次はもう少し強いものに変えてもいいかな。

「…時に、ナマエ」
「はい?なんでしょう」
「このスープの食材は、お前がわざわざ買いに出たのか?」
「え?あ、はい、そうです。せっかくお口に入れるんですもの、材料から自分で選んでみたくて。どうかされましたか?」
「ああ、いや。仕事中に市場の前でお前の姿を見たものだからな」
「まあ、見かけたんなら声を掛けてくださればよかったのに!」
「お前、店の人間と楽しそうに話をしていただろ?邪魔するのはと思ってな。ずいぶん盛り上がっていたが、なんの話をしていたんだ?」
「オーブンさまのお話です!わたしがここへ嫁いでくる前の。わたし、オーブンさまのことはなんでも知っておきたくて」
「なんだ、それならおれに訊けばいいだろうに」
「ご本人のお話と周囲から見た話しは違いますもの。どのお話でもオーブンさまは素敵でした」
「そうか。しかしナマエ、今度から買い物は給仕に任せてくれないか。やつらはそのために居るのだし、物を選ぶ目も優れているから。それに、お前に万が一があったらと思うと心配だ、いくらおれの治める街とはいえなにが起こるかわからない」
「まあ、そうですね。ご心配痛み入ります…正直、少し荷物が重かったですし…でもオーブンさまの治める街ですもの、皆さんとても優しくて」
「いつどこでどんな男に遭うか分からないだろう。女も女で危険だろうし…お前に一目ぼれするような不届き者がいないとも限らない。今後はおれのいないときに外に出ないでくれ」
「まあ、そんなにわたしの心配を」
「ああ、心配だ、とてもな。屋敷の中だけで用が済ませられるようにしていたつもりだったが迂闊だった…今後は使用人を増やそう、お前がこの家の中だけで困らないように。外になんか用がなくなるように…戸には大きな錠を付けた方がいいな。鉄の錠にして、毎朝熱して出て行くことにしよう、おれ以外が触れられないように。そうだそれがいい、ナマエ、お前にはなんの苦労もかけない。毎日おれが帰ったらおかえりなさいと言ってくれ、それだけでおれはとても幸せだ」
「まあ、そんなにわたしのことを………え?」

あれ?



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