TL:83 | ナノ


「今日は誘ってくださって、ありがとうございました」


 形だけの礼を意識して頭を下げると、折原さんは人の良さそうな笑みを浮かべて、


「俺の方こそ、付き合ってくれてありがとう」


 と、まったくらしくないことを言った。
 失礼この上ないとは重々承知だが、いかんせん私は折原さんがこういう態度をどういう人間に向けるものなのか、理解できてしまっている。
 なので、ドキッというよりゾクッとした。……やっぱり、新羅さん辺りにでも本当のことを話して、いろいろと情報を貰うべきだろうか。
 このままだと、折原さんに対する疑心で気が滅入ってしまいそうだ……。

 しかし、それでもやっぱりこの折原さんは、あの折原さんより多少甘いんじゃないかと思う。
 あまり強引に話を聞き出そうとする様子もないし、たまに隙のある反応が返ってくるし、私のペースに若干乗せられている節もあったし。
 そういう事が『折原さん』という人とミスマッチで、違和感も感じてしまうのだけれど。

 私がそう一人で悶々と思考を巡らせていると、高校生折原さんは、


「これからもよろしくね」


 とだけ言って、にこりと笑みを浮かべた後、私の前から立ち去って行った。

 
「よろしく……かあ」


 折原さんの言葉を反芻し、そういえば月曜日から席が近いんだということを思い出して、私は小さく頭を抱えた。

 頼むから、普通の同級生として付き合わせてください……。



 ×××


 
 一人暮らしということで、私はこの三日間自炊をしている。
 伊達に外食やら何やらで舌の肥えている折原さんと生活しているわけではないので、その点に大した問題はない。
 そして、今日も夕食分と明日の分の食材を買いに、帰りはスーパーへ寄ることにした。

 のに、どうしてこうなったんだ。


「確か……野崎、だったか?」
「……その野崎です」


 同じく買い物中らしい平和島さんと遭遇した。
 いや、それ自体は別に構わないんだ。むしろ大歓迎と言ってもいい。
 ただ視覚的にちょっと、タイムが欲しいと言うだけで、あと平和島さんの呼び方どうしようって問題も置き去りなだけで……。
 心中どぎまぎしながら持っていた買い物カゴを握り直すと、


「前に言ってた人?」


 淡々とした声色の、平和島さんの隣にいた彼が口を開いた。

 というか、幽さんだった。

 平和島さんと幽さんが一緒に買い物へ来ているところへ、私は出くわしてしまったらしい。お願いだから不意打ちはやめてほしいなとここへ来て何度思っただろう。
 それにしても、この兄弟目立つなぁ……。さっきからすれ違う女性の半分は振り返ってるし……さすが平和島さん、さすが未来の俳優さん。
 その分「あの子なに?」みたいな視線が痛すぎてどうしようもないんだけど。
 いや、というか「前に言ってた人?」って、平和島さんが私について何か言っていたということだろうか。

 長い脳内呟きを終えてハッと顔を上げると、何故か平和島さんが少しバツの悪そうな様子で幽さんと話していた。
 この十数秒の間に何があったんだろう。


「こいつは、その、新羅のダチっつーか……」
「大丈夫だよ、兄さん。何も言わないから」


 二人で家族会議をしているところ申し訳ないけど、丸聞こえだ。
 
 平和島さんが幽さんに何と言ったのか気になるが、さすがにそこを聞き出す勇気はないので聞こえていない振りをした。
 いつまで私はこの状態でいればいいのだろうと思い始めた頃に、不意に幽さんがこちらへ振り返る。


「弟の平和島幽です。これからも兄をよろしくお願いします」
「こ、こちらこそ……よろしくお願いします」


 淡泊な口調ながらもしっかりと頭を下げる幽さんに、私も慌てて頭を下げた。
 こちらからも名乗った方がいいのかと口を開くが、言葉を発する前に幽さんはふいっと平和島さんの方へ向き直ってしまう。


「それじゃ、僕は日用品売り場の方に行ってるから」
「お、おう……?」


 イマイチ状況が飲み込めていないような平和島さんをよそに、幽さんは一度こちらに頭を下げた後、さっさと店内を移動していった。
 買い物カゴは平和島さんが持っているので、ティッシュを取りに行ったとか?それなら確かに、二手に分かれた方が効率はいいと思うけど。  
 なんて考えながら、しばらく二人で幽さんの歩いていった方を見つめる。


「しっかりした弟さんですねー……」


 相変わらず、という言葉を寸でのところで押し止めそう言うと、平和島さんは嬉しそうに「まあな」と言った。
 初めて幽さんに会った日も思ったことだけれど、本当に仲の良い兄弟なんだ……。
 
 そう微笑ましい気分に浸りつつ、ふとひとつ思い出す。
 
 
「そういえば、平和島さんって、ここの近所に住んでるんですよね」


 そう尋ねてみると、平和島さんは小さく首を傾げた。


「どうして分かったんだ?」


 不思議そうなその表情に「だって、ほら」と言葉を続ける。


「この間、学校の近くでもないのに、同じコンビニで昼食買ってたじゃないですか。私もこの辺りに住んでますし、兄弟で買い物に来るなら、普通は近所のスーパーを選びますから」
「……なるほどな」


 平和島さんにそう感心したように頷かれて、少し気恥ずかしい。


「つーことは、お前とも近所って事か」
「多分」
「……そうか」


 私の「多分」という言葉に、どうしてかしばらく考えるように沈黙した後、


「――悪い。俺、幽の様子見てくる」
「え、あ……はい」


 じゃあまた学校で、と手を振ると、平和島さんは「おう……」と控えめに頷いて、走って行ってしまった。

 店内なのに……。
 というか、平和島さんが腕を振って走ると、カゴの中身が出るんじゃないかとハラハラした。





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