TL:83 | ナノ

 信じられない。

 いや、ホント……どこまで王道を突き進む気だ私は。
 高校生活エンジョイか、ラブコメ街道を突っ切るつもりか。いや、この状況はラブコメというよりもサスペンスめいた陰謀を感じてしまう。
 どうすればこんな偶然が生まれるのだろう。


「仮に誰かの陰謀だったとしても、俺には全く関係ない人間の仕業だね」
「……こんなことで得をする人間なんかいませんよ」


 むしろ私が絶対的に損だ。不利益被っている。
 目の前でにこにこと声をかけてくる折原さんの顔を見ていたら、自然と頭が痛くなってきた。新羅さんカムバック。
 
 とりあえず状況説明を行うと、6限目の後のホームルームで席替えが行われたのだ。
 方法はくじびき。黒板に適当な数字を教室の机配置通りに並べて、それと自分のくじを照らし合わせるという種も仕掛けもない物のはずだった。
 当然男女の固まりにばらつきはでるし、誰と前後左右になるかも運次第。

 で、私は窓際列最後尾という最高ポジションを獲得した。
 と同時に、前が折原さんだった。申し訳ないが愕然とした。
 おまけにこの教室の机配置は窓際列と廊下側列の二列だけ、最後尾がはみ出ているような形なのだ。要するにお隣さんはいない。

 つまり、逃げ場がない。
 
 誰だよ、今日席替えしようって言った奴っ……。
 確か出席番号7番の男子だったか、後で下駄箱にラブレターに見せかけた封筒入り数学プリントを投げ入れてやる。 
 
 ちなみに周囲の反応は、一部の女子からは羨ましがられて、新羅さん+昼食メンバーの子たちからは「ああ……」という何かを察した目で見られて、他は無関心だった。
 くじ変えは禁止だそうなので、その羨ましがっていた女子達に譲渡することも叶わなかった。
 頼むから心の準備をさせて欲しい。折原さん絡みの出来事はいつも突然すぎる。


「まあ、これを機に諦めて仲良くしよう」
「……諦めて仲良くするって、凄く嫌な始まり方ですね」
「話してみると案外楽しいかもしれないよ」
「自分で言いますかそれ」


 ……ああ、この人は折原さんだ。
 小さく息をつきながらも、まあこれで単に席が近いから話すという自然な関係は築けそうだし……いいのかなと首を捻る。
 教室前方で担任が長話をしている最中、そんなやりとりをしていると。


「そういえば、部活関係は大丈夫?」


 不意に折原さんは声を小さくして、そんなことを言った。

 部活関係?
 思わず何のことかと言いかけて、


「あんたには関係ありません」


 不機嫌を装い、取り繕った。
 
 新羅さんや他の子ならともかく、折原さんの前で下手なことは言えない。

 三日寝泊りしても覚めない夢なんてないだろうから、私はまた変なことに巻き込まれているのだろう。
 どういう理由かと考えてみれば、パラレルワールド的な解釈が一番納得できる。納得できないけどするしかない気がする非現実だなんて、もう飽きるほど目にしてきたのだから、今さらつっこまない。
 それなら、これは覚めて無かったことになる夢ではないのだから、無茶な言動はできないわけだ。

 帰りたい帰りたくないは少し置いておくとして、そんなものを折原さんに知られたら、と想像するだけでも悪寒が走る。
 
 だから、部活のことは当然知っているものとして話さなくてはいけない。


「そう?相談に乗ってあげようと思ったんだけど」
「放っておいてください」
「まあ、俺はともかく他の誰かには相談した方がいいと思うよ。自力でどうにかしようだなんて、考えないことだね」
「……そんなの私の勝手じゃないですか」


 まったく話がつかめない。

 相変わらずの表情で話しかけてくる折原さんへ、さすがに嫌な物を感じた。
 部活って、陸上部のことだと思うんだけど……何だろう。私は何かトラブルを起こして辞めてしまったのだろうか。
 今日にでも部屋を探って、『私』のことをもっとよく知った方がいいのかもしれない。

 そうして話しているうちに、いつの間にやら周囲のクラスメイト達が立ち歩いていることに気がついた。


「とりあえず、私に構わないでください」


 急いで席を立って、折原さんに声をかけられる前に教室を飛び出す。
 今日も昼食メンバーの子たちと帰る予定だったけれど、状況で察してくれるだろう。

 とにかく、今のところ私がしなくてはいけないのは、『自分』のことを知る事だ。


 
 ♀♂



 ここでアパートに帰った私が『私』を知るために四苦八苦するのだが――その前にひとつすっ飛ばせない話があったので、一応話は順番に進めようと思う。
 単刀直入にいえば、帰り道に折原さんが付いてきた。というか、追いかけてきた。
 途中までは元陸上部の脚力(当然二十歳を越えた私の足より速い)で逃げ回っていたのだが、あまりにもしつこいので諦めた。
 さすが高校時代から平和島さんに追いかけられている人だ。


「やっぱり速いねー。春季大会の記録も凄かったんだって?」
「……話しかけないでください」


 さすがに少し疲れてしまい、精神的な物も含めてげんなりとした。
 対する折原さんは何が楽しいのか機嫌良さそうに笑っている。その元気(?)の源を、少しでも良いから私に分けてほしい。
 

「それでさ、野崎さん」
「野崎さん……」


 やっぱり違和感のある呼び方に思わず復唱すると、


「ユウキちゃんの方がいい?」


 目ざとく聞きつけたその人は、何を勘違いしているのか(いや勘違いではないかもしれないけれど)僅かに目を細めるようにして笑った。
 私としては大分初期に戻ったと言うだけで問題はないのだけれど、『私』はそう思わないんだろうなぁ……。
 というわけで、折原さんには悪いが無視をして先に進む。

  
「俺も随分と嫌われてるねぇ。身に覚えがないから、お詫びのしようもないし」
「…………」
「俺がシズちゃん――っていうか、平和島静雄とやりあってるのを見たからかな」
「…………」
「それとも、新羅から良くない話ばかり聞いたからとか?」
「…………」
「言っておくけど、新羅もシズちゃんも周囲とのずれっぷりは俺と大差ないはずだよ。むしろ俺はその辺り、結構普通にしてるつもりだけどね」
「…………」


 懲りないなぁ……。にこにこと喋り続ける折原さんに、げんなりというかうんざりしてきた。逆に尊敬の念すら覚える。
 ここは何か、しっかりと拒否した方がいいのかもしれない。『私』が折原さんを嫌っている理由なんて知らないし、これ以上この話題を続かせるのは危険だ。
 小さく頷いて私は息を吸い、横へと振り返った。
 

「話しかけないでください。あなたのことが嫌いです」

「うん、それで?」


 まるで何でもないような言葉を投げかけられたかのように、応答する折原さん。
 もう自分で話題を変えた方が早いかもしれない。
 

「それで、私に何の用ですか」
「明日何か予定ある?」
「ありませんけど……」
「じゃあ、ちょっと付き合ってくれない?」


 そう言って、折原さんはハガキのようなものを鞄から取り出した。
 付き合って、という時点ですでに、は?という感じなのだけれど、とりあえず何が書かれているのか確認した。

 ………………これは、これはっ!?


「……え、いや……これ、いいんですかっ」


 池袋内にある喫茶店からのハガキ、そこにはケーキ・ドリンクのバイキングが二名様無料と書かれてあった。
 どうしてこんなものを折原さんが持っているんだ、バイキング無料って……並大抵の会員や常連では手の届かない物だろうに。
 

「抽選で当てたようなもんだよ。ユウキちゃんが甘い物好きって聞いたから、これなら付き合ってくれるかなと思って」
「付き合いまっ……」


 即答しそうになったのを慌てて堪えた。
 危ない危ない、『私』のことを忘れるところだった。でも、バイキングは……バイキング……ケーキ。
 しかしここは心を(自分に対し)鬼にして、断りの言葉を言おうとすると、


「駄目?前に誘った時は、二つ返事で頷いてくれたのに」
「え……」
「まあ、結局ほとんど口はきいてくれなかったけどね」
「…………」


 若干苦笑気味に言う折原さんへ、しばらく沈黙した後――


「付き合います……」


 渋々といった調子で、そう頷いた。
 いや、『私』も行ったなら、仕方ないしね。
 そう誰かに言い訳をするような調子で頷いていると、折原さんが「良かった」と言って朗らかな笑みを浮かべた。

 どことなく、その笑みはまだ少し、ほんの少し大人になった折原さんとは違っていて、危うく見入ってしまいそうになった。
 危ない……。


「じゃあ、明日の1時にいけふくろう前で」


 軽快にそう言って、折原さんは引き返すように来た道を戻って行った。
 ……家は逆方向なのかもしれない。
 しばらくぽつんと折原さんを見送っていたのだが、そこであることに気がついた。


「……敬語は、間違いだったかな」


 え、これって結構まずいんじゃないの?

 そう思った時には、もう折原さんの姿は見えなくなっていた。
 いや、ここは嫌いな人だからわざとやっているんだと思っていてほしい。頼むから。
 半ば祈るような調子でそう思いつつも、明日のケーキが楽しみなので、私は微妙な表情を浮かべつつアパートに向かった。




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