ST!×1.5 | ナノ


 夜 池袋某路地



「ユウキユウキユウキ……」
「お前、さっきから誰の名前呟いてんだ?」


 今日は夜から取り立ての仕事が入っていた静雄とトムは、取り立て先へ向かう最中だった。
 ちなみに夕方ごろに仕事場で落ち合った際、すでに静雄から野崎という女と約束に漕ぎ着けたことは聞かされている。
 偶然姿を見かけたので声をかけたらしいが、1日に2度、しかも短時間で再会するような『偶然』にはもっと別の言葉が似合いそうだとトムは思った。

 それから取り立て先へ向かう最中のこの道中、静雄は聞き覚えのない名前をしきりに呟いていた。
 思わず怪訝そうに尋ねると、後輩は「野崎の名前っす」と思案顔で返答した。


「今度こそ忘れねえようにと思って」
「聞いたのか、直接……」


 相変わらず人の名前と顔を覚えるのが苦手な静雄に苦笑しつつ、それでも怒らず律儀に教えるユウキという名前の女が改めて気になった。
 体格は小柄に見えたが、実際には何歳なのだろうか。静雄の好みは年上だと聞いたことがある。


「そのユウキって子、いくつなんだ?」
「……見た目は高校生でも通じそうな感じでしたけど」
「……マジかよ」


 ――女子高校生、はさすがにマズイか……いやセーフか?

 そう静雄の年齢を思い浮かべながら、先走りすぎたかとわずかに後悔の念を覚える。
 しかし当の静雄は「でも、どうなんすかね」と首をひねった。


「これまでずっと平日に会ってんすけど、制服だったことは一度もなかったんで。ギリで卒業してるかもしれないっす」
「つーことは、17、18ぐらいか。あ、そういや結構小柄だったよな。お前と並ぶと、どんぐらいに頭あるんだ?」


 身長から年齢は図れないだろうが、一応尋ねる。
 すると静雄は少し迷うような間をおいて、水平にした手のひらを上下に動かし胸の位置で「確か……」と制止させる。


「こんぐらいでした」
「……やっぱ身長からじゃわかんねえな。それだと中学生って可能性まで……いや、最近のガキは発達いいって聞くしなぁ」
「明日聞いときます」
「おう、そうしてくれ」


 どちらにしても、静雄好みの年齢ではなさそうだ。
 
 ――まあ、後はユウキって子次第か。

 静雄はその手のことに相当鈍感であるため、かなりわかりやすいアプローチでなければ伝わらないだろう。
 もっとも、静雄のいう『変わってる』部分を見れば、すぐにでも伝わりそうなものだが。

 そう会話に一区切りつくと、静雄が再び野崎ユウキの下の名前を呟き始めたのが聞こえた。
 
 ――いや、さすがにもう忘れらんねぇって気持ちはわかるけどよ……。


 ♀♂


「あなた、平和島静雄が好きなの?」


 新宿のマンションに帰ってきて、少し涼んでいってくださいと波江さんに麦茶を出した瞬間にそんなことを聞かれた。
 そして持っていたトレー(何も乗っていない)を反射的に落とし、それが自分の足に落下してとても痛かった。


「……す、き、です、か」


 ソファに腰かけている波江さんの足元で痛みに悶えつつ、途切れ途切れにそう尋ねる。
 

「そうとしか思えないわよ、あなたのその態度」
「……と言われても」


 冷やかすわけでも茶化すわけでもなく、客観的な感想を述べるような波江さんの言葉には凄まじい切れ味がある。
 確かに、あの人と出会うと体温が急に上がるし、やたらと噛むし言葉に詰まるし、頭の中がパンと弾けたような感覚がする。
 今日に関しては眩暈がした。気温と日光のせいもあるのかもしれないけれど。

 何だか妙に力が抜けてその場に座り込んだまま、「言われても、どうなんでしょう」と呟く。


「よくよく考えてみると、憧れる人、ではあると、思います」
「平和島静雄に憧れって、怪獣を見てはしゃぐ子どもか何か?」
「『強さ』に憧れるって意味では、近いかもしれません。あと、優しいところとか」
「あの男に『優しいところ』ねえ」
「今日、お詫びにって遊園地誘ってもらえました、し……」


 そう昼間の出来事を思い出して、内心ぐぐぐと胸を押されるような感覚を覚えつつ、咳をして気持ちを立て直す。


「とにかく、明日で何とか耐性作ります。このままだと、話しかけられるたびにひどいリアクションを取ってしまいそうなので」
「本当に、平和島静雄の絡んだあなたって別人よ。臨也がそれはやめてほしいとかなんとか言ってたけど」


 そこまで言って麦茶を飲みほした波江さんは、「帰るわ」とだけ言ってさっさと部屋から出て行った。
 慌ててその後を追いかけて玄関まで見送り、一人になったリビングへと戻る。

 
「……強い人は、いいな」


 そうぼそりと呟いて、ソファに腰かける。

 強ければ強いほど、どんなものでも守ることができて。なにも取り零さないでいられる。
 だから私は『強い人』に憧れる。守りたいものなんてどこにあるのかわからないから、憧れる理由も薄れているのかもしれないけれど。
 それでも、私が落ちようとしたあの日に、平和島さんを格好いいと思ったのは本当のことだ。
 頭に手を置いてもらって、嬉しかったのは本当なのだ。
  
  
「…………」


 ………………。
  


 (あの子の憧れ)



 ……――――。


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