ST!×1.5 | ナノ
翌日 朝 いけふくろう前
波江さんセレクトの夏服を着用。携帯の電源はオフにして。熱中症対策の飲み物と帽子もバッチリ。日焼け対策もおそらく万全。
よしと意気込んで待ち合わせ場所に到着したのは、待ち合わせ時刻三十分前だった。
同じような境遇の人たちに紛れつつ、さすがに早すぎただろうかと滅多に身に着けない腕時計を見やる。
先ほどから少しも長針は動いていない。人を待つ時の時間って、どうしてこうなかなか進まないのだろう。
昨日それほど眠れなかったせいで欠伸を零しつつ、今日こそは平和島さんに耐性を付けるぞと頬をぴしゃりと打った。
本当は少しだけ、今日行こうかどうか迷う部分はあった。折原さんのことはもちろんだけれど、それ以上に、なにか行ってはいけない気がした。
しかし、その『気』は全て私の都合だ。ドタキャンというのもあまりに失礼で、迷いながらもなんとかここまでたどり着いた。
そして来てみたら来てみたで、なんだか妙に落ち着かない。
やることもなく何度も時計に視線を下ろして、周囲を見渡すルーチンを繰り返し、しばらく。
「悪い、待たせたか?」
丁度腕時計をながめているときに声を掛けられ、慌てて視線を上げた。
すると思っていたとおりの人がそこにいて……いるのだけど、ええと、なんというか……。
「……どうした?」
「え、い、いえっ」
きょとんと首を傾げられ、私は首を横に振る。
「その、いつもと服装が、違うなと思って」
そう、今日現れた平和島さんは、サングラスにバーテンダー衣装ではなかったのだ。
それ以外の服装なんて見たことがなかっただけに、驚いて呆けてしまった。
もともと長身でスタイルの良い人だから何を着ても似合うのだろうけれど(そうでなくてはあの普段着は着こなせまい)、シンプルな服装はこれ以上なく、そんな平和島さんの恰好良さを際立たせている。
私は今、なにかとてつもなくレアな体験をしているのでは……?
頭の中に『写メ』という言葉が回り始めたその時、平和島さんが「ああ……」と自分の服装を見やった。
「さすがにバーテン服はやめろって、職場の先輩に言われてよ。そんなに変か?」
「変じゃ、ありませんっ」
いいです、恰好良いです――そう熱弁しかけ、寸でのところで我に返る。落ち着け、落ち着くんだ私。
「なんだか新鮮で、驚いてしまって」
「まあ、滅多に着ねえしな」
そう言って、なぜかまじまじとこちらを見つめられた。
「……なに、か」
「お前も、なんか雰囲気違ぇな」
『なんか』というより、おそらく大分違うと思うのだけれど。
波江さんセレクトの夏服は、私があまり着ない類の服。何度『デートじゃありません、デートじゃないんです』と言ったか知れないほど、いろんな意味で本気な服装だ。
あの人は私を平和島さんへ送り出すということに、折原さんへの不満を全力でぶつけていたのだと思う。
でも、普段と違うということに気付いてもらえただけで、いいのかもしれない。
「昨日あれから、知り合いの人に選んでもらった服なんです」
「ああ……そういや、連れと一緒だったっけか。似合ってんぞ、それ」
じゃあ、行くか。
そうなんでもないように言葉を続けて、歩き始めてしまった平和島さん。
あまりにも平然と言うものだから唖然としてしまったけれど……これは、褒められたと捉えても、いい?
瞬間湯沸かし器のごとく顔が熱くなるのを感じながら、私は慌ててその人の背中を追いかけた。
♀♂
同時刻 いけふくろう周辺
「ちょっとちょっとちょっとちょっとッ!!」
いつものように渡草のワゴン内にたむろしていた門田、遊馬崎は、ワゴンの持ち主も含め、突然声を上げた狩沢に何事かと視線を送った。
ついさっきまで今月発売のラノベがどうだのと盛り上がっていたことを思えば、どうせその手のことだろうと門田は呆れ気味に「どうした?」と声をかける。
すると、ラノベの山を後部座席に築いている中、狩沢がひどく驚いた表情で窓の外を指差していた。
つられて車内の三人が視線を向けると、見知った金髪の男が歩道を歩いている。
「確かに珍しいっすねー」
「バーテン服以外の恰好、初めて見たぜ……」
そう遊馬崎や渡草が言ったとおり、金髪の男――平和島静雄のトレードマークとも言うべきバーテン服を彼は身に着けていなかった。
門田からすれば、一応学生時代にバーテン服姿以外も見かけてはいる。
しかし、ある一時からその服ばかりを身に着けるようになり、一体何着替えがあるのかと狩沢や遊馬崎が検討していたことまであるほどだ。
珍しい光景と言えば、確かにその通りだろう。
そんな風になんとなく感想を述べる男たちに対し、狩沢が「それもそうだけど、そっちじゃなくって!」となぜか目を光らせて声を上げた。
「シズちゃんの隣! ちょっと隠れちゃってるけど、なんか女の子連れてるよ!?」
「マジっすか!?」
「……マジだ、マジでいる」
窓へと這い寄る遊馬崎や唖然としている渡草ほどではないにしても、門田もその『女の子』とやらを探した。
言われてみれば、静雄の影になるような形で、一人の女が隣を歩いている。
顔はよく見えない。しかし、時折静雄が視線を向けていることから、単に同じ方向を歩いている通行人ではなさそうだ。
「そりゃ、あいつだって女の連れぐらいいるだろ」
学生時代を遠目でありながらも知っている身として、気にならないと言えば嘘になる。
しかし、このまま狩沢たちと同じ反応をしていては、面倒なことになると諌めるようにそう言った。
「シズちゃん、ちょっと邪魔! 顔見えないって!」
「彼女? まさかの恋人? あの服装からして、実はデートだったりするんすかね?」
が、当の危険分子たちは聞いていなかった。
「待って待って! まだ顔確認してないから、行かないで!」
「あー……行っちゃったっすねえ」
どうやら視線で追えない場所に行ってしまったらしい。
これでおとなしくなるだろうと視線を戻した門田だったが、背後で車の扉を開ける音が聞こえた。
「これはもう、確かめるまで諦められない! 行こう、ゆまっちッ!」
「了解っす!」
早々車を飛び出していった二人は、静雄たちが消えて行った方角へと走り出していた。
運転席に座っている渡草は「本気かよ、あいつら」と呆れたように呟いているが、おそらく本気なのだろう。
門田は静雄と特別仲が良いわけではない。
しかし、学生時代から遠目で見ている分には、あいつはあいつで大変なんだろうという感想を毎度持つ。主に臨也のせいで。
そう考えれば、女関係ぐらいそっとしてやれよというのが本音だ。
「ったく……」
――俺は保護者でもなんでもねえんだが……。
そう思いながらも、ワゴンの扉に手を掛ける門田だった。
(楽しい時間の――)
目を引いて、目を惹いて
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