ST!×2 | ナノ



 時刻はすでの夜の8時、私はどういうわけか1人で池袋の夜道を歩いていた。
 いや本当に、どうして私はこんな時間に池袋を歩いているのだろう。

 その答えを私はもちろん知っているのだけど、なんというか、今は自分自身に呆れてものも言えない状態というか……。
 
 事の始まりは今日。
 本日ロシア寿司はサービスデーらしく、折原さんの出先の仕事が終わったら連れて行って貰える約束をしていたのだ。
 けれどその折原さんの仕事にきりが一向につかず、営業時間のこともあるので、池袋で待ち合わせをしようという話になった。

 そしてその待ち合わせ場所が、ガセだったという話。
 
 しかもさっきそのことで電話をかけてみたら「ユウキが素直に騙されてくれるなんて珍しいねえ」と速攻で電話を切りたくなるようなことを言われた。
 そう、私が悪い。素直に信じてしまった私のミスですともええ。どうして少しはその可能性を考えられなかったのか、一周して自分に呆れている。

 電話で指定された本当の待ち合わせ場所に到着したら、絶対にあの人は笑ってくる。
 ああもう、このまま新宿に帰ろうか、そんなことまで考え始めたときだった。

 
 背後から、自分のものではない足音が聞こえた。


「…………」


 いや、自分がひとりで歩いているときに、背後を同じ経路でたどる人がいると、どうにも気になるということはよくある話だ。
 それが単なる通行人だとしても、警戒してしまうのは仕方がないと思う。

 しかし、今回の場合は、そんなもやもやとした不明瞭な不安ではない。

 冷や汗が頬を伝うほど、はっきりと自分に視線が向けられている気がした。じっとこちらを凝視するような、背を撫でるような感覚がする。
 なんだろう、痴漢か、変質者?やっぱり夜に女の一人歩きは危ないのかもしれない。というより、それは四月、折原さんから直接言われた言葉のような……。

 言ってることとやってることが矛盾してない? あの人。

 とにかく振り返るのも嫌で、歩調を早める。
 

「…………」


 足音からして、向こうも少し足を速めたようだ。
 大通りまではまだ少し距離もある。ここは、走った方がいいだろう。

 少し大きめに足を踏み出して、スタートダッシュをかけようとした、瞬間――。


「待って、どこ行くの?」


 女の子の、声だった。
 中学生ぐらいの、少し高いソプラノ声。

 思わず止めそうになった足を無理やり動かし、私はそのまま駆け出した。

 な、なにこれホラー……!?
 まさか私は、夜道を彷徨う女の子に襲われるのだろうか。いやもしかすると、こうなることを見越して折原さんに誘導されたんじゃ……。

 少しばかり混乱している頭でそんなことを考え、私はさらに足を速める。これでも逃げ足だけは自信があるのだ。

 だから、幽霊であろうとなかろうと、女の子から逃げ切るなんて多分おそらくきっと簡単。そう推測に推測を重ねるような楽観思考は――。


「逃げちゃ駄目よ」
「!?」

 
 すぐ近くからそれは聞こえた。
 瞬間、何かが空を斬る音が鼓膜を鳴らし、私は反射的に道の脇へと転がる。


「あら、避けちゃった。前の人間は一閃で倒れたのに」


 どこか上機嫌なその言葉の終わりも聞かず、私は再び走り出した。
 あれはまともに相手をしたら死ぬしかない。刃物相手に素手で勝負なんて、それはどこの平和島さんだ。さすがに焦り始めてきた私はとにかく走った。

 そう、大通りまで出れば――。


「ああいいわね!とってもいいわ!あなたみたいな人と一つになれたらどれだけ幸せかしら!」 


 うわあ百合?しかも病んでる?
 どこのマニアが好きなジャンルなの、と別の意味での恐怖も感じて、またすぐ背後に迫られていることに気付く。

 さすがにこのままではまずい。
 何か足止めできるものはないのかと辺りを見回すし。


「よ、し」


 ゴミ捨て場に置いてあるプラスチック製のゴミ箱を見つけた。
 一端そのゴミ箱の脇を通り抜け、足に急ブレーキをかけた後姿勢を低くし、Uターン。
 向こうもそれは予想できていなかったのか、横をすり抜けていった私に少し遅れて方向を変える。


「強い人は大好きよ?でもね、ここまで焦らされるのはちょっと嫌だわ……お願いよ!!愛してあげるから逃げないで!」


 やはり意味の分からないことを言いながら迫ってくるそれに、タイミング良く振り返る。


「無理」


 そう呟きながら、ゴミ箱を蹴り倒した。


「あ」  
  
 
 足下に注意をしていなかった相手がしっかりと倒れたのを見届けて、私は再び大通りの方へ駆け出した。
 そのときだった。ちらりと、私を追っていたそれの顔が見える。


「ウ、フフ、ウフフフフフ!」


 起き上がる気配はないものの、見えたその顔に思わず背筋が震える。
 赤い眼と、狂ったよな笑顔。そして嬉しそうな笑い声。

 絡みつくような視線の主のその声は、大通りに出るまでずっと、私を追い続けた。 



 (赤い眼が笑う、愛おしいそうに笑いかける)



 ええそう、どこまでだって


次#

戻る
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -